月影の入り江に眠る罪と愛

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官能小説
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第八章 月影の入り江へ

翌朝、アキラはミサキに提案した。 「このまま手掛かりを求めて町をうろついていても、堂々巡りな気がする。昨日の夜、地元漁師に話を聞いたら、断崖の裏側に小さな入り江があるらしい。船でしか近づけない、知る人ぞ知る場所だって」 「……それが『月影の入り江』かもしれないですね」 「そうだと思う。そこで何かが起きていたとしたら……弟の痕跡があるかもしれない」  アキラは悲壮な決意を帯びた目をしている。ミサキは少し迷ったが、最終的に頷いた。 「行きましょう。私なら町の漁師さんに船を貸してもらえるかもしれないし、暗礁や潮の流れも少しはわかるから」  二人は夕方、漁師仲間に頼んで小型ボートを借りると、地図を頼りに出港した。日は沈みかけており、海面は金色から群青へと移ろうとしている。灯台を背に漕ぎ出すのは、ミサキにとっても初めての冒険に近かった。  やがて断崖へ差しかかると、岩場が険しく競り立ち、波が不規則に打ち寄せる。まるで人を寄せ付けない聖域だ。だが、アキラが示す方角へ進むと、小さな洞窟のようなトンネルが見えてきた。波の満ち引きによって、一時的にしか通れない狭い通路。その先にぽっかりと入り江が口を開けているのがわかる。 「ここ……こんな場所が本当に……」  狭い通路を抜けた先には、壁に囲まれるような小さな湾があった。外からはほとんど見えない、隠されたスペース。岸には岩や流木が打ち上げられ、人工物の痕跡は乏しいが、どこか人の手が入ったような怪しさも感じられる。  ボートを寄せて上陸すると、潮が満ちればすぐに沈んでしまいそうな小さな砂地が広がっていた。アキラは辺りを見回しながら、低い声で言う。 「これが……弟が巻き込まれた場所なのかもしれない……」  暗い洞窟を覗き込むと、朽ちかけた木箱の破片や錆びたナイフが転がっている。その昔、何らかの取引があったことを示す証拠かもしれない。だが明確な手掛かりは見つからない。  しかし、洞窟の奥の壁に、風化しかけた文字や記号が刻まれているのをミサキが発見した。そこに散乱するアルファベットの一部が「A」と「K」――アキラの弟の名を連想させるようにも見える。 「これ……どういう意味なんだろう」  胸の奥がざわめき、アキラは文字を撫でながら唇を噛む。答えはまだ見つからない。だが、ここで何かが起きたことだけは確かだ。  一方、ミサキも背筋に寒気を覚える。誰かの視線を感じるのだ。まるで暗い影が崖の上からこちらを見下ろしているような――そんな不吉な気配に、彼女は思わずアキラの腕を掴んでいた。


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