月影の入り江に眠る罪と愛

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官能小説
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第一章 静寂の灯り

海辺の小さな港町・白灯(はくとう)町。その岬にそびえる古い白亜の灯台は、幾多の嵐を乗り越えてきた歴史の証人だ。灯台の光は夜毎に海を照らし、寄せては返す波のように町の暮らしを見守る。  その灯台を守るのは、女性の灯台守・ミサキ。まだ若いながらも、古い装置を丁寧に整備し、海の道標を絶やさぬよう日夜を問わず働いている。  薄曇りの早朝、ミサキは灯台の細い螺旋階段を昇りながら、潮の匂いを吸い込んだ。新鮮な海風が頬を打ち、かすかな湿気を帯びた涼しさが心地よい。  都会の喧騒から逃げるようにやってきて、早数年。過去の記憶――失恋や家族との衝突――は今も胸の奥に影を落とすが、この静かな岬での暮らしは、彼女にとって最良の“避難所”だった。  灯台の最上階にたどり着くと、分厚いガラス越しに広がる海が一望できる。晴れていれば沖合に船影が行き交い、夜になれば月明かりが海面を白く染める。ミサキは無意識に瞼を閉じ、その幻想的な夜の光景を思い浮かべた。孤独を好む自分には、この町のひっそりとした雰囲気がぴったりだと思う。  スイッチひとつで点灯・消灯ができる時代になっても、灯器のメンテナンスは昔ながらに手間と気配りを要する。ミサキはねじの緩みをチェックし、ゴミや埃を拭き取りながら、心を無にして作業を続けた。  やがて作業が終わると、波音がかすかに聴こえる窓際へ寄り、潮の流れを見下ろす。遠い水平線に小さく浮かぶ船影を、ただ無心に眺めるのが彼女の日課だ。誰の干渉もない時間が、こんなにも贅沢だとは、かつての都会暮らしでは想像できなかった。  午後になり、空は少しずつ晴れ間を見せはじめる。小舟がゆっくりと港に戻ってくるのを見届けると、ミサキはフッと小さく息をついた。きょうもいつもと同じ、平穏な一日が終わる……そう思った矢先、砂浜からこちらを見つめる長身の男の姿に気づく。サングラス越しに灯台を見上げているその影は、どこかこの町に不釣り合いな、都会の香りをまとっていた。


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