月影の入り江に眠る罪と愛

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官能小説
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第七章 近づく心、近づけない理性

そんな不穏な空気のなかでも、ミサキとアキラはお互いに惹かれ合っていた。  ある夜、満月が海面に白銀の道筋を描いた頃、二人は砂浜を散歩しながら波打ち際に立ち止まる。月明かりは音もなく、しかし強烈な存在感で二人の影を砂浜に落としていた。 「東京に残してきた婚約者がいるんです」  アキラの言葉は、波の音にかき消されそうに小さい。 「……そう、なんですね」  頭ではわかっている。彼が背負っている事情を。でも、ミサキは抗えない想いを自覚していた。 「弟を失ったあと、なかば機械のように仕事に打ち込んできた。婚約は親が決めた政略的なものでもあり、俺は心からその人を愛しているわけじゃない……。こんなの、卑怯ですよね」 「そうは思わない。むしろ、誰かを愛することが怖くて、がんじがらめになっていたんじゃないかな……って」  ミサキの言葉に、アキラはかすかに息を呑む。そして、そっと彼女の手を握った。  灯台の光が岬の先から回転し、海面を照らし出す。遠くから吹く夜風が、二人の体温をかき混ぜるように絡みつく。  理性では理解している。アキラには本来帰るべき場所がある。ミサキにも、灯台守としての責任と守るべき規律がある。しかし、今はそのどちらにも縛られたくないほど、互いの孤独が溶け合っていく。  まるで月の魔力に引き寄せられるように、二人はそっと唇を重ねた。潮の匂いが甘く鼻孔をくすぐり、罪悪感さえも官能の渦の中へと溶けていく。月夜の静寂が、二人の呼吸を重ね合わせる。  この一瞬が永遠なら、どんなにいいか――。そんな願いが、ミサキの胸にこみ上げては、現実に揺さぶられて消えていく。


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