月影の入り江に眠る罪と愛

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官能小説
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第三章 嵐の夜の来訪者

白灯町の天気は気まぐれだ。翌日、午前中は晴れていたにもかかわらず、夕方には黒雲が押し寄せ、風が次第に強まってきた。漁師町でもあるこの町では、大型の台風や急な嵐が珍しくない。灯台守であるミサキにとっては、こういう荒天の日こそ気が抜けない。  夜を迎える頃には、海は大きなうねりを見せていた。窓ガラスに叩きつける雨粒の音が増していく中、ミサキは灯台の機器を入念にチェックする。船の遭難を防ぐための光を、必ず絶やさないように。  深夜近く、古い扉を叩く音が聞こえた。こんな嵐の日に来訪者があるなど、普段なら考えにくい。しかし扉を開けると、そこに立っていたのは、あのアキラだった。ずぶ濡れの姿に驚き、ミサキは慌てて中へと招き入れる。 「大丈夫ですか? こんな夜に……」 「すみません。まさかここまで嵐がひどくなるとは。道に迷ってしまって……。少しだけ雨宿りをさせてもらえませんか?」  アキラの顔は疲労に覆われているが、それでもどこか必死な光が瞳に宿っているのがわかる。ミサキは急いでタオルを手渡し、乾いた上着を用意した。 「こんな荒れた夜ですし、落ち着くまでここで休んでください。外へ出るのは危険ですよ」  そう告げると、アキラは安堵したように微笑む。彼の髪から滴る水滴が床を濡らし、灯台内部の静かな空気をさらりと引き裂いていく。  宿直室へ案内し、温かいお茶を差し出すと、アキラは申し訳なさそうにお礼を言う。雨風の音がますます激しさを増し、灯台の外は真っ暗だ。二人のいるこの場所だけが、ぽっかりと浮かび上がる世界。  やがて落ち着きを取り戻したアキラが、ふと灯台の内部を見回す。昔ながらの装置や古びた資料の山。そこに並んでいる一冊の古い航海日誌が、ミサキの目にも留まった。 「……灯台守が何代にもわたって書き継いだ記録なんです。嵐や遭難、事故のことなどが細かくメモされているらしくて」 「読んだことは……?」 「断片的には。読みづらい字や暗号めいた記述もあって、全部解読するのは難しいんです」  アキラは興味を示したように手を伸ばし、ぱらぱらとページをめくる。その瞳には、探しものを求める人間特有の熱がちらりと灯った。  しかしミサキはそれ以上のことを聞かず、アキラの横顔を観察してしまう。都会的な雰囲気と、孤独の影。何かを胸に抱えた者同士、言葉にならない共鳴がそこにあるように感じた。


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