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官能小説翌日から、アキラは町の図書館や古老たちの話を丹念に集め始めた。ミサキもできる限り協力し、灯台に残された古い文献に目を通す。 しかし、核心に迫ろうとすればするほど、町の人々は口を閉ざしがちになる。かつてはこの辺りの沖合で、密輸船が暗躍していたという噂があるものの、誰も確たる証拠を持っていないのだ。 一方で、「月影の入り江」という言葉が何度か浮上した。満月の夜、海面が月光を反射してできる秘密めいた入り江があるらしい。町の古い地図をよく見ると、確かに入り江のような窪地が断崖の裏側に描かれている。しかしその場所は潮の干満で地形が変わりやすく、町の者ですら近寄らない危険地帯とされていた。 その入り江こそが、古い航海日誌に「岸壁の罠」として記されていた場所なのではないか。ミサキとアキラはそう睨んだ。さらに、アキラの弟が失踪した嵐の夜、その入り江で何か取引が行われていた可能性もある。 日は徐々に長くなり、港町は夏の観光シーズンを迎えようとしていた。遠くからクラクションや人声が聞こえるたび、ミサキはこの町の外からやってくる観光客の姿を想像する。彼らは灯台や海の美しさを味わい、静かな時間に心洗われて帰っていく。けれど誰も、この町が抱える闇や失踪事件など、知る由もないのだ。 そんなある夕暮れ、ミサキは灯台の外で妙な気配を感じた。誰かが周囲を探るように歩き回っているような足音。外に出て確かめようとするが、そこには何の痕跡もない。ただ、遠くに黒っぽい車が停まっていた気がする。闇に紛れるように去っていくその車の姿は、まるで二人の動向を探るかのようだった。