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官能小説台風が過ぎ去って数日後、ミサキは灯台の宿直室にアキラを呼び、古い航海日誌を並べて調べ始めた。日に焼けた紙の匂いと、風化しかけたインクの文字。そこには町の歴史と、幾度もの遭難事故が克明に綴られている。 しかし、調べを進めるうちに、あるページがやけに目についた。『行方不明』『弟』『断崖』『嵐の夜』……いかにも意味ありげな単語が連なり、赤鉛筆で丸をされている。さらに地図のようなものも描かれていたが、擦れていてはっきりとは読めない。 「まるで誰かが、この町で起きた失踪事件を追うように書いていますね……」 アキラが息を呑んだ。 「こんな記述があるなんて……。もし弟のことと繋がっていたら、どうしてこれまで警察は何も言わなかったんだ」 その疑問は当然だが、古い記録を現代の警察がすべて把握しているわけではない。灯台守が独自に書き残したメモが、正式な報告に回らなかった可能性もある。 ページの余白には「月影の入り江」「危険」「岸壁の罠」といった文字が躍っている。何の目的で、誰がこんなメモを残したのだろう。 アキラの表情が険しくなる。彼はここでなら何かを掴めると信じて来たのだろう。その想いが痛いほど伝わってきた。 長時間の調べ物で、二人はほどよく疲れていた。宿直室の小さな机にカップを置き、夜の海から吹き込む風に身を委ねる。時計の針は深夜を回っていたが、不思議と眠気は感じない。 沈黙のなか、アキラがぽつりと呟く。 「俺、弟を探すうちに嫌な噂を聞いたんです。町の裏で密輸や闇取引が行われているかもしれないって。弟はそれに巻き込まれたんじゃないかと……」 「この町にも、そういう話があるんですね。私が知らないところで、いろいろ動いているのかもしれない……」 ミサキは安全を守るはずの灯台守という立場でありながら、町の裏側に無知だった自分に複雑な気持ちを抱いた。 いつのまにか、アキラの手がミサキの指先に触れる。痛みと孤独を知る者同士が、言葉より先に温もりで繋がったのかもしれない。海鳴りが優しく二人を包み込んでいた。