月影の入り江に眠る罪と愛

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官能小説
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第四章 心の壁

嵐は夜通し吹き荒れた。朝が来ても空は灰色で、海の怒りは収まりきっていない。アキラは一睡もせず、窓の外の暗い海を見つめ続けていた。  ミサキが宿直室に顔を出すと、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。 「迷惑をかけてすみません。夜が明けたら宿に戻ろうと思っていたんですが……」 「大丈夫です。私も一人でここにいることが多いので、久しぶりに人の声が聞けて少し新鮮でした」  そう言いつつ、ミサキは自分の中に生じた違和感に気づく。男と二人きりの灯台の夜――本来なら避けたいシチュエーションのはずだが、不思議と警戒心より安心感があった。  アキラは空になったカップに目を落としながら、静かに口を開く。 「俺、実業家という肩書でここに来たけれど……実は、ある人を探しているんです」 「探している……?」 「昔、この町の沖で行方不明になった弟がいる。海に落ちたと聞いているけれど、遺体すら見つからないままだ。そんな馬鹿な話があるかってずっと思っていて……。真相を知りたくて、何度も探偵を雇ったりしたけど手がかりが得られなかった。だから直接来るしかないと思ったんです」  ミサキは胸が苦しくなる。突然踏み込まれたわけでもないのに、彼の痛みが生々しく伝わってきたからだ。 「それで……この町に?」 「ええ。灯台が光を照らすあの夜、弟は失踪したと聞いている。だから、もしかするとここに何か記録があるんじゃないかと思ったんです。すべては憶測だけど……」  アキラの瞳は、今にも涙を宿しそうなほど切実だった。ミサキは少し迷った末、「よかったら、灯台の資料を一緒に調べませんか」と提案する。  自分の過去を隠すためにここへ来たが、今はこの男の抱える悲しみに引き寄せられている――そんな矛盾を感じながらも、ミサキはその思いを受け止めたいと願っていた。


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