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日常和樹は深い闇の中で目を覚ました。もう何日、いや、何ヶ月も同じような時間を繰り返しているような気がする。記憶を操作する力を使うことで、和樹の周りの世界はどんどん変わっていった。最初は、小さな出来事から始まり、次第にその範囲が広がっていった。そして、今や彼が手に入れた力は、時間そのものをねじ曲げ、彼の意識をも巻き込んでいるような感覚に変わった。 和樹が見たもの、触れたもの、そして聞こえる全ての音が、まるで作り物のように感じられた。彼が改変した記憶の中で、すべてが歪み、現実と幻想の境界が溶け合っていった。過去を変えることで、未来がどうなったのか、そして自分の立っている場所が一体どこなのかを、和樹はもはや理解できなくなっていた。 「これが私が望んだ未来なのか?」和樹は呟くように、自問自答した。 しかし、答えは返ってこない。すべてが薄れていき、和樹はそのことを恐れていた。自分の存在が消えかけているような感覚が、彼の意識の中に深く浸透していた。記憶を変えたはずなのに、その先に待っているはずの理想の世界は見当たらず、むしろ無限に続く闇に向かって突き進んでいるように感じられた。 そして、その時、麗子の顔が再び和樹の前に現れた。彼女は静かに、無表情で立っていた。その目は、何かを見透かすように、和樹をじっと見つめている。 「あなたは自分が何をしたのか、わかっているの?」麗子の声は、以前とは違って冷たく響いていた。どこか深い悲しみがこもったその言葉が、和樹の胸を突き刺す。 和樹は黙って答えることができなかった。彼の中で言葉が詰まっていた。麗子の目が、彼の心の中に何かを問いかけるように光った。 「あなたはすべてを変えた。けれど、あなた自身が消えつつあるのよ。」麗子はそう言うと、和樹の肩に手を置いた。その手は冷たく、まるで氷のように感じられた。 「記憶を変えることで、あなたは過去を無理に作り変えようとした。その結果、あなたは自分を失い、他人の記憶にも影響を与え続けている。現実が歪み、あなたの存在さえも薄れていく。」麗子の言葉は、和樹の心に深く染み込んでいった。 「私はもう、自分が何者なのかもわからなくなっている。」和樹はつぶやくように言った。その言葉に、麗子はほんの少しだけ表情を緩めた。 「だから、私はあなたに言ったのよ。」麗子は静かに続けた。「力には代償が伴うと。あなたが過去を変えることで、あなた自身が消えていくことになる。」 その言葉が、和樹の中で真実として響いた。記憶を変えることで、和樹は過去を修正し、未来を自由に操ろうとしていた。しかし、その力を使い続けた結果、彼は自分自身をも変えてしまったのだ。過去と未来を操ることで、和樹はもはや「現在」という時間にしがみつくことができなくなっていた。 「私は…私を取り戻せるのか?」和樹は辛そうに息を吐きながら言った。 麗子はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと答えた。「それは、あなた次第。あなたが選んだ道を歩み続ける限り、あなたの存在は消え去る。だが、もしもその力を使うのをやめれば、少しは元に戻るかもしれない。」 和樹はその言葉に、深い葛藤を覚えた。自分が変えてしまった過去や未来を、元に戻すことはできないのか。しかし、麗子が言うように、これ以上力を使い続けることで、和樹は完全に消えてしまうという恐怖に駆られた。 「私は、消えてしまうのか?」和樹は静かに尋ねた。 「そう。」麗子は力なく答えた。「でも、今からでも遅くない。あなたが力を手放すことで、少しは元の自分を取り戻せるかもしれない。それでも、すべてを取り戻すことはできないかもしれないけれど。」 和樹は麗子の言葉を聞きながら、深い迷いに囚われていた。彼が進んだ道が正しかったのか、そして今更何かを変えることができるのか。しかし、彼が知っているのは、今の自分が消えていく恐怖だけだった。 「私は、もう後戻りできないのか?」和樹は呟いた。 「後戻りはできる。」麗子はそう答えた。「でも、それはあなたがどうしても決断しなければならないこと。」 和樹はしばらく黙っていたが、ついに目を閉じ、深い息を吐いた。今、彼にできることはただ一つ。選択をすることだった。力を放棄すること、そして自分を取り戻すこと。それが、和樹が辿るべき道なのかもしれない。 そして、和樹は決意した。力を使い続けることで、彼は完全に消え去ることになる。それならば、今すぐにその力を手放し、過去を修正することを止めるべきだと。 「私は、もうやめる。」和樹はゆっくりと口にした。その言葉が、和樹の心に重く響いた。 その瞬間、和樹はその力を手放し、過去を変えることを止める決意を固めた。しかし、彼が選んだ道がどれほど深い闇に導くのかは、まだわからなかった。和樹が手放した力の先に、何が待っているのか。それは、彼の運命を握る最後の選択だった。