ジャンル:
日常和樹の心は、麗子の言葉に完全に囚われていた。彼が知りたかったこと、求めていた力。それがすぐ目の前にある。しかし、その力を手に入れる代償を、和樹はまだ完全に理解していなかった。麗子の言う「記憶を操作する機械」、それは確かに凄まじい力を秘めているだろう。だが、和樹がその力を使うことで何が起こるのか、彼にはそれを計り知ることができなかった。 麗子は黙ってその機械を操作し、コンソールに手を置いた。金属のひんやりとした感触を手に感じながら、和樹はその背後で立ちすくんでいた。麗子が何かを設定している様子は、まるで儀式のように静かで、冷徹な印象を与える。 「これが、あなたが選んだ道。」麗子が振り返り、和樹に冷たく告げた。 和樹は黙って頷いた。彼の中で恐れがかすかに広がるが、それを口にすることはなかった。今、彼の胸の中には、何かが確実に芽生えていた。それは、恐れでも不安でもない、むしろ強烈な欲望だった。すべての過去を変え、運命を自分の手の中に収めること。それこそが、和樹が求めていたものだった。 「でも、あなたはまだその力の本当の意味を知らない。」麗子がそう言うと、和樹はその言葉に反応せざるを得なかった。 「それがどういうことか、教えてくれ。」和樹は静かに言った。 麗子は少しの間、無言で和樹を見つめていた。その目は冷徹で、どこか憂いを帯びている。彼女が抱えている過去、そして彼女が生き抜いてきた世界の闇。それが、和樹には次第に明らかになってきた。 「力を持つことには、代償がある。」麗子は深く息を吐き、目を伏せた。「あなたがこの力を使うことで、何かが失われる。それが何かを、あなたはまだ理解していない。」 その言葉に和樹は心を打たれた。彼は一度、自分の心を見つめ直すように目を閉じた。力を手に入れることで、何かを失う。和樹はその代償が何であるのかを、恐る恐る推測し始めたが、それでも彼はその先に進むしかないことを感じていた。 「私はすでに失うものはない。」和樹は静かに言った。その言葉に、麗子の表情が一瞬、曇った。 「それが一番危険なのよ。」麗子は低く呟き、再び機械に向かって手を動かした。「あなたのような人間が、この力を手に入れると、誰も予想できないような事態が起きる。」 和樹はその言葉に、かすかな違和感を覚えたが、もう一度彼の心の奥底でその欲望が呼び覚まされるのを感じた。麗子が何を言おうと、和樹はもう戻ることはできなかった。彼はその先に進むことでしか、すべてを変えられないと信じていた。 「覚悟はできている。」和樹は決然とした声で言った。その声には、もはや迷いの余地はなかった。 麗子は長い間、和樹を見つめた後、静かに頷いた。「なら、進んでみなさい。」その言葉とともに、機械がひときわ大きな音を立てて動き始めた。和樹の体の中に、何かが引き寄せられるような感覚が走る。 その瞬間、和樹はすべての記憶を手に入れる力を感じた。それは、彼の過去を操るだけでなく、他人の記憶をも操る力だった。彼の前に広がる未来は、まるで手のひらの上で自由に形を変える粘土のようだった。 だが、和樹はすぐにその力に引き寄せられることに恐れを感じた。記憶を操る力があれば、過去の自分も変えられる。失った時間を取り戻し、すべての過ちを訂正することができる。しかし、同時にその力には、破滅的な影がついて回ることを和樹は感じていた。 麗子が静かに言った。「その力を使うことで、あなたは何もかも変わる。しかし、変わりすぎてしまうと、あなた自身が消えてしまうかもしれない。」 和樹はその言葉を心の中で噛みしめるが、それでも彼は麗子の目を見つめ、静かに頷いた。 「それでも、私は進む。」和樹は自分の決意を口にした。 麗子はその言葉を聞き、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。 「ならば、覚悟を決めなさい。」麗子の目の奥には、もはや和樹に対する哀れみが感じられた。 その瞬間、和樹の心に何かが崩れ落ち、同時に何かが確立されたような感覚が走った。彼はすべてを変える力を手に入れた。しかし、その力がもたらす未来がどうなるのか、彼自身にもわからない。 そして、和樹は自分の運命を選んだ。