影の熱

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日常
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最終章: 結末の光

和樹はその瞬間、全てを放棄した。力を手放し、過去の改変を止める決断をした時、彼の心に一筋の光が差し込んだような気がした。それは、何かが解放されたような、重荷が降りたような感覚だった。しかし、その光はあまりにも儚く、すぐに消え去ってしまうかのように感じられた。 麗子は静かにその様子を見守っていた。彼女の目には、和樹の決断に対する哀れみと同時に、深い理解が感じられた。和樹はもう一度、目を閉じて深く息を吸った。何もかもを手放し、ただ自分自身を取り戻すための最後の一歩を踏み出す決意を固めたのだ。 「これで終わりだ。」和樹は自分に言い聞かせるように呟いた。その言葉は、彼にとって一種の解放だった。しかし、同時にその言葉が意味するものを、和樹はよく理解していた。力を使うことで手に入れたものを全て失い、元の自分を取り戻すことで、彼の世界は元に戻るのだろうか。それは、もう誰にもわからない。 麗子は和樹を見つめ、その瞳に一瞬の柔らかさを浮かべた。「あなたは、正しい選択をしたのかもしれない。」彼女の声は、どこか静かな温もりを感じさせた。しかし、和樹はそれが単なる慰めの言葉ではないことを理解していた。麗子自身もまた、過去に何度も同じような選択を繰り返してきたに違いない。そして、その選択が彼女にどれほどの代償をもたらしたのかを、和樹は想像していた。 「あなたの力は、もはや必要ない。」麗子が静かに言った。その言葉に、和樹は少し驚いた。だが、彼はそれが彼女の本当の思いであることを感じ取った。 「私は、もう消えるのか?」和樹は尋ねた。その問いに、麗子はしばらく黙っていた。彼女の表情が変わり、目を閉じて深く考え込む。 「あなたが消えるわけではない。」麗子はゆっくりと答えた。「あなたが手放した力は、確かにあなたの一部だった。しかし、それを手放すことで、あなたは自分を取り戻すことができる。過去を変えることができなくなったとしても、あなた自身が選んだ道に沿って、未来を歩んでいくことができる。」 和樹はその言葉を受け入れながらも、心の中で感じる深い不安を抑えることができなかった。過去を手放すこと、力を放棄すること、そして自己を取り戻すこと。全てが一瞬にして変わったように感じられたが、和樹の内面には未だに深い空虚感が残っていた。 「それでも、私は…」和樹は言いかけたが、その言葉を続けることはできなかった。彼の心には、今後のことについての答えがまだ見つかっていなかった。だが、彼は確信していた。力を使うことで、彼が失ったものは大きすぎた。過去に手を染め、未来を操ろうとしたことが、彼をどれほどの危険に引き寄せていたのか、ようやく理解できた。 その時、麗子が静かに手を伸ばした。和樹はその手を無意識に受け入れ、二人は何も言わずにただ並んで立っていた。周囲の空気が次第に穏やかになり、和樹の胸の中でひとしずくの安心感が広がるのを感じた。何もかもを取り戻すことはできないかもしれない。それでも、今、自分が選んだ道を歩むことができるという確信が、和樹を支えていた。 「さあ、行こう。」麗子の言葉が和樹の耳に響く。彼女の手が温かい。 二人はゆっくりと歩き出した。和樹はその背後に広がる空間に一瞥をくれることなく、ただ前を見つめて歩き続けた。力を放棄することは、確かに大きな代償だったが、それでも和樹は新たな一歩を踏み出す覚悟を決めていた。過去を手放し、未来に対して自分の足で立つこと。それこそが、彼が選んだ最後の光だった。 その光が、和樹を新たな世界へと導く道しるべとなることを、和樹は信じていた。


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