断ち切れぬ糸

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第二章: 心の糸をたどって

光一と未希の交流は、少しずつ深まっていった。毎週一度、彼らはカフェで会うようになり、お互いのことを語り合う時間が増えた。光一は、未希と過ごすひとときが、心のどこかで必要だったことに気づいていた。彼女の無邪気な笑顔、そして何よりその言葉が、彼の中で何かを呼び覚ました。 ある日、未希が突然、何気ない口調で話を切り出した。「光一さん、実は私、昔、すごく悩んでいた時期があったんです。」 光一は驚いた。未希はいつも明るく、どこか前向きな印象を与えていたからだ。しかし、彼女の表情が一瞬曇り、光一はその真剣な眼差しに気づいた。 「どうしても、前に進めない時期があって。その時、あなたの講義を受けたことが、唯一の支えだったんです。」未希は少し言葉を選ぶように続けた。「私、家族を事故で失ったんです。それから、何をしても空虚な気持ちが消えなくて。でも、あなたの話を聞いて、少しずつ自分を取り戻せたんです。」 光一は、未希の言葉に言葉を失った。彼女がこんなにも深い悲しみを抱えていたとは、想像すらしていなかった。しかし、その話を聞いて、彼は心の中で自分の過去と重ね合わせる部分があることに気づいた。未希の感じた空虚さは、自分の中で感じていた孤独とどこか似ていた。 「それでも、未希さんは前を向いて生きているんですね」と光一は言った。 未希は静かに頷いた。「そうですね。光一さんが教えてくれたのは、人生は一人じゃないってこと。誰かと繋がっているという感覚。それを忘れないようにして、今を生きています。」 その言葉に、光一は胸が熱くなるのを感じた。彼自身も、長い間孤独を感じていた。妻を失い、仕事に追われ、誰にも頼ることなく生きてきた。しかし未希の言葉は、彼の心の中でかすかな光を灯したような気がした。 二人はしばらく黙って座っていた。その時、光一はふと気づく。未希の存在が、今の自分にとってどれほど大きな意味を持っているのか。彼女が話していたことは、ただの慰めの言葉ではない。未希は、彼にとって「過去」を癒すための糸となっていた。 「未希さん、ありがとう」と光一は静かに言った。彼はその言葉を何度も口にしたくて、でも言葉にするのが恐ろしかった。なぜなら、その感謝の気持ちが、何か深いものに繋がっているような気がしたからだ。 未希は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべて言った。「何でもないです。でも、こうして話せてよかった。」 その夜、光一は自分の部屋に帰り、一人で思いを巡らせていた。未希の話を聞いているうちに、彼は自分の中でずっと押し込めていた感情を、少しずつ思い出していた。彼の人生において、何度も人を失ってきた。しかし、その度に新たな絆が生まれていたことを、彼は忘れていたのだ。 「糸のように繋がっているんだ」と光一はふと呟いた。それは未希の言葉を借りたものだったが、彼の中で深く響く言葉となった。心の中で、過去の糸が解け、また新たに糸が結ばれたような気がした。そして、その糸がどこに繋がるのかは、まだ誰にもわからなかった。 次に会うとき、光一は未希にもっと自分のことを話そうと思った。自分がどれほど孤独だったのか、そして今、未希と出会ったことで少しだけ前に進めそうな気がしていることを。彼は、未希との関係がどんな形であれ、今後の自分にとって大きな転機になることを確信し始めていた。 そして、その糸がどこに向かうのかを知る日は、意外と早く訪れることになるのだった。


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