星屑の調律者

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SF
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第一章: 辺境の惑星にて

太陽系から数百光年離れた辺境の惑星ティリス。絶え間なく吹き荒れる砂嵐が砂丘を削り、岩山は錆びたような赤褐色に染まっていた。その地は、地球から移住した開拓者たちにとって新たな故郷でありながら、容赦なく人々を試す厳しい環境でもあった。とはいえ、そこに未来的な輝きはほとんどなく、荒涼とした風景の中で人々は日々の生計を立てていた。 アツシもその一人だった。彼は鉱山労働者として生計を立てながら、簡素な居住ユニットで一人暮らしをしていた。毎朝、鳴り響く採掘ロボットの音で目覚め、夕暮れには疲れた身体を引きずりながら帰宅する。それが彼の日常だった。だが、時折、彼の胸には説明のつかない虚無感が広がった。何かを忘れているような感覚、それが彼を苛んでいた。ティリスに来た理由を彼自身も覚えていない。子供の頃からの記憶がぼんやりとしており、自分の過去を掘り起こそうとするたびに、頭の奥に鈍い痛みが走る。 「また今日もか…」アツシは小さく呟き、重い溜め息をついた。乾いた空気が喉に絡みつき、彼の息遣いはますます鈍重なものになっていく。 荒れた手で額の汗をぬぐい、アツシは採掘ロボットのパネルを操作した。彼の視界には、夕暮れの薄明かりの中で赤い砂が風に舞う光景が広がっている。その足元には、かつて採掘された鉱石の欠片が微かに光を放ち、不気味な美しさを醸し出していた。どこか遠くに宇宙船の発着場が見えるが、自分がそこを去ることはないだろう、と彼は思った。過去がない代わりに、未来もない。それがアツシの人生だった。 その日、彼の静かな日常を変える事件が起きた。 夕方の作業が終わり、居住ユニットに戻る途中、彼は奇妙な光を目にした。それは遠くの岩山から放たれているようだった。ティリスの空にはよくオーロラのような現象が現れるが、それとは明らかに異なる、鋭い青い光だった。 「なんだ…?」 彼の中に微かな好奇心が芽生えた。鉱山からの帰り道を外れて、その光の方向に向かって歩き出す。足元の砂がシャリシャリと音を立てる中、次第に光が強くなる。 光の源に辿り着いたとき、彼は息を飲んだ。そこには一人の女性が立っていた。 彼女は人間離れした美しさを持っていた。長い銀髪が風に揺れ、青白い肌は月の光を浴びて輝いている。彼女の目は、深い宇宙を映し出したかのような漆黒だった。 「…あなたは?」 アツシが問いかけると、彼女はゆっくりと振り返った。何かを言いかけるように唇が動いたが、声は出ない。その代わり、彼の頭の中に直接響くような感覚があった。 ——私の名はナナ。あなたを探していた。 アツシは目を見開いた。自分を探していた? 「どういうことだ?俺はただの鉱夫だ。探される理由なんてない。」 ナナは小さく首を振った。そして、一歩、彼に近づく。 ——あなたは調律者。この宇宙の調和を守る存在。 その言葉は彼の中に深く突き刺さり、眠っていた記憶の扉を叩き始めた。しかし、その扉を開けるにはまだ早いとでも言うかのように、アツシの意識は遠のいていった。 ナナが彼の倒れた身体を抱き起こし、静かに言葉を続ける。 ——時間がない。この宇宙を救うには、彼の目覚めが必要なのだ。 夜空には無数の星々が瞬いていたが、その中に暗い影が差し始めていた。


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