蒼穹の王剣(そうきゅうのおうけん)

ジャンル:

ファンタジー

著者:

語りの灯火

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最終幕:蒼穹の王

破壊神ヴォルグ・アノイアの封印が完全に解かれようとしている。その影響か、大陸各地で異常現象が頻発していた。黒い竜巻が街を呑み込み、地割れからは瘴気が噴き出し、植物は枯れ、人の姿を保てない者が次々と生まれている。その光景は“終末”を絵に描いたような惨状で、人々の心は恐怖と絶望に染まるばかりだった。  アレンとセリアは神国セレニアの大聖堂へ向かう。そこには千年前、破壊神を封印した剣王たちの聖なる碑文が残されているという。蒼穹剣の完成に必要な最後の力――それを得るためには、そこに祀られた“神々の涙”を受け入れなくてはならないらしい。  しかし、そこには既に帝国軍の兵士たちが集結していた。大聖堂の広間に足を踏み入れたアレンたちの前に、漆黒のマントを纏った男が立ち塞がる。ヴァルト・エグザイル。彼の手には、“血風の王剣”が、不気味な赤い脈動を伴って握られていた。まるで剣自体が意思を持ち、宿主の血を求めているかのように。  「久しぶりだな、アレン。蒼穹剣を手にしたおまえの力……試させてもらうぞ」  ヴァルトの眼差しには狂気と歓喜が入り混じる。背後では、帝国の魔導師たちが封印を解く儀式を強行しているのが見えた。既に大聖堂の壁には無数の亀裂が走り、天井から差し込む光は赤黒く穢れている。  「やはり、あの夜の仇は……おまえだったんだな」  アレンの声は低く震える。故郷を焼き、家族や友人を奪った怨念が、一気に胸を突き上げた。しかし、それ以上に彼の内側には、世界そのものを蝕む深い闇が迫っているという焦燥感があった。  「おまえが憎いなら、もっと剣にその怒りを込めてみせろ! 破壊神の力を解放すれば、すべてが灰になる。この世界も、おまえの復讐心も……だが、それこそが新たな秩序の始まりだ」  ヴァルトは狂気染みた笑みを浮かべ、一気に距離を詰める。血風の王剣が血のような斬撃を繰り出し、空間を断ち裂く。アレンは蒼穹剣を交差させ、その衝撃を必死に受け止めた。剣圧がぶつかるたびに火花が散り、周囲の柱や壁が粉々に砕け落ちる。  「くっ……!」  体中の骨が軋むような衝撃に耐えながら、アレンは懸命に反撃を試みる。だが、ヴァルトの剣はまるで生きているかのように動きを予測し、血のオーラが鋼を溶かすように侵蝕してくる。蒼穹剣はそれに抗うべく青い煌めきを放つが、まだ“完成”しきっていないのか、その刃には明確な限界が見え隠れしていた。  一方、セリアは儀式を阻止すべく、魔導師たちへの攻撃を試みるが、そこに帝国兵が集まり次々と立ちはだかる。巫女としての力を振り絞っても、身体は限界寸前。意識が朦朧とする中、彼女は最後の祈りを紡ぎ上げる。  「アレン……この世界を救うこと……それが……あなたの選択なら……私は……」  言葉にならない声を上げながら、セリアは白銀の双刃を胸に当てた。その瞬間、眩い光が辺りを包み込み、彼女の身体から浄化の力がほとばしる。帝国兵や魔導師たちが思わず目を背けるほどの聖なる閃光。だが、それは同時にセリア自身の命をも削る禁忌の術だった。  「やめろ! セリア!」  アレンが叫ぶが、その声もヴァルトの攻撃にかき消される。血風の王剣による斬撃を受け流した次の瞬間、アレンは蒼穹剣の奥底から悲痛な叫びを感じ取った。それは剣が発する声なのか、あるいは彼の魂が叫んでいるのか――判然としない。  だが、何かが弾けた。アレンの周囲で、青い光が渦を巻き、燃え上がるように広がる。セリアの命を賭した浄化の力が蒼穹剣へと注がれ、ようやくその刃が真の姿を現していく。  「蒼天の閃光(そうてんのせんこう)……!」  澄み渡る青空の色を湛えたような剣の放つ閃光は、血風の王剣をも打ち砕かんばかりの勢いでヴァルトを弾き飛ばす。荒れ狂うエネルギーが大聖堂の天井を貫き、破壊神を封じていた結界さえ震わせる。  その衝撃により、ついに封印が完全に崩壊した。大聖堂の中央にある巨石の中から、異形の神が姿を現す。漆黒の鱗と無数の触手を持つその姿は見る者の理性を破壊するほどおぞましく、周囲の兵士たちは錯乱し、次々と崩れ落ちていく。  「世界を……喰らう……」  破壊神の咆哮が、地を裂くような衝撃波を放つ。アレンは吹き飛ばされながらも必死に踏みとどまり、ヴァルトもまた苦悶の声を上げながら血風の王剣を握り締める。だが、その姿はすでに人の形を失いつつあった。  「こんなものが……俺の求めた力なのか……ッ!」  ヴァルトの身体を黒い瘴気が包み込み、破壊神の眷属に成り果ててゆく。それでもなお、彼は悲痛な笑みを浮かべている。そこにあるのは後悔か、狂気の果てか――アレンには知る術もない。  「セリア……!」  振り返ると、セリアは倒れたまま動かない。生きているのかさえわからない。それでも、蒼穹剣を完成させるために捧げてくれた彼女の祈りは、確かにこの刃に宿っている。アレンは涙を噛み殺し、剣を握る指に最後の力を込めた。  破壊神の咆哮が再び大聖堂を震わせ、瓦礫が降り注ぐ中、アレンは刹那の加速でその巨体へ飛び込む。蒼天の閃光が閃き、空間が切り裂かれるように光の道が通る。それは希望か、それともさらなる絶望の序曲か――。  一瞬の沈黙。そして、破壊神の触手がうねる度に空間が引き裂かれ、黒い瘴気の渦が暴れ回る。しかし蒼穹剣の閃光がその中心を貫くと、漆黒の神は耳を劈く悲鳴を上げ、腐食するかのように崩れ落ちていく。崩壊した神の欠片は朽ちた灰へと還り、大聖堂に差し込む光が徐々に澄みわたっていった。  長かった戦いが終わりを告げる。息を切らして膝をつくアレンは、遠のく意識の中で、ただセリアの名前を呼ぶことしかできなかった。大聖堂の天井には青空が見え、どこかから微かな鳥のさえずりが聞こえる気がした。  破壊神の闇が消え去った世界に、どれだけの犠牲が払われたのだろう。瓦礫の山となった大聖堂で、アレンは血まみれの身体を引きずりながら、倒れ伏すセリアのもとへと向かう。彼女の呼吸はかすかに感じられる。  「ありがとう……おまえがいたから……俺は……」  アレンはそう呟き、光を失い始めた蒼穹剣をそっと床に置いた。王剣は使命を終えたのか、その輝きは穏やかに淡く揺らぐだけだった。  世界の崩壊は免れた。だが、その代償は大きい。王剣がもたらす力は祝福であり、同時に呪いでもある。全てを焼き尽くす破滅か、新たな未来を切り開く希望か――アレンが最後に選んだのは、命を懸けて世界を守る“蒼穹の王”の道だった。  静寂の中、風が吹き抜ける。それはまるで亡者の嘆きにも似た悲しみを含みつつ、遠い未来へ微かな光を運ぶ風だった。蒼穹剣の物語はここに一つの結末を迎える。しかし、その先に待ち受ける時代には、また新たな闇と光が交錯するのだろう。アレンは朧な意識の中で、朽ちゆく大聖堂の天井越しに広がる青空を見つめ、ゆっくりと瞳を閉じる。  そして、世界に再び訪れる静寂は、破壊神がもたらした絶望を乗り越えた者たちへの束の間の安息なのか、それとも新たな試練の予兆にすぎないのか――いずれは誰も知ることとなるだろう。


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