蒼穹の王剣(そうきゅうのおうけん)

ジャンル:

ファンタジー

著者:

語りの灯火

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第二幕:王剣を巡る戦い

蒼穹剣を手にしてから数日が過ぎ、アレンは傭兵団の残党とともに荒れた街道を進んでいた。終わりの見えない内戦、飢饉、疫病……大陸を覆う絶望は刻々と広がり、人々の表情からは生気が失われている。町を出れば野盗、どこかの国の小競り合いに巻き込まれるのも当たり前。そんな混沌を生き延びるため、彼らは互いに背中を預け合うしかなかった。  しかし、仲間たちの眼差しは、以前とはどこか違っていた。「無剣者」のままならば、せいぜい足手まといの少年だったはずだ。だが今やアレンは、忌むべき“謎の王剣”を握る存在となった。仲間の中には“怪物”を見るような怯えさえ浮かべている。実際に彼自身も、王剣が望むままに動かされている感覚を拭い去れない。  夜が深まる頃、彼らは地図にも載らぬ荒野で野営の準備を始めた。欠けた月が鋭く照らし、地を這うように吹きつける風が一層不吉さを醸し出す。火を焚き、わずかな食料を皆で分け合う静寂の中、突然、頭巾をかぶった少女が現れた。  「あなたが、アレン・フィオル……ですね」  その声は、震えているのか、あるいは冷めきっているのか判別がつかないほど静かだった。見ると、少女は白銀の柄を持つ双刃の短剣――白銀の双刃(はくぎんのそうじん) を携え、ひどく消耗した様子で立っている。  アレンたちは反射的に武器を構えたが、少女――セリア・ルミナスは動じることなく、淡々と続ける。「私はセレニア神国の巫女。そして……王剣の持ち主です」そう告げる瞳は濁った星空のようにどこか虚ろで、アレンを見つめる表情には生者の温度が感じられない。  彼女は自らを「未来視の巫女」だと名乗り、アレンの行く末を夢に見たと語った。その夢は絶望と破壊に満ちた黒い世界を映していたが、そこで蒼穹剣を掲げるアレンだけが、まだ光を帯びていたのだという。  「このままでは世界は闇に呑まれます。千年前に封印された破壊神ヴォルグ・アノイアの力が、再び目覚めようとしている。私たちはそれを止めなくてはならない」  淡々とした口調で語られる終末の予言に、傭兵団の面々は嘲笑を浮かべた。「そんな大それた話に俺たちが関わる義理はねぇ」「巫女様にはご苦労なこった」――彼らの放つ冷笑や罵声は、虚ろな夜の帳に吸い込まれていく。  だが、アレンは違和感を拭えなかった。まるで彼女の言葉が、体に刻まれた蒼穹剣の“呪い”に呼応するかのように、胸の奥を軋ませる。彼の脳裏に先日、蒼穹剣を初めて握ったあの戦場の光景が甦る。あの時、剣の囁きは確かに“破壊を選ぶな”と訴えていたかのようでもあった。  「どうする? アレン――」  仲間の一人がすがるような声をかけた。その瞳には、敵か味方かわからない存在に寄せる恐怖と、アレンへの微かな期待が混ざり合っていた。  迷いながらも、アレンはセリアに問う。「なぜ俺なんだ。なぜ“無剣者”だったこの俺をわざわざ探しに来た?」  彼女は答えることなく、静かにその場に膝をついた。限界を超えていたのだろうか。その唇からは一筋の血がにじみ出ていた。驚き、慌てて駆け寄るアレンに対し、セリアは最後の力を振り絞って呟く。  「あなたの蒼穹剣……それは『未完成の剣』。完全に目覚めれば、破壊神に対抗し得るただ一つの光になる……。だから……お願い……」  そこまで言いかけると、彼女は意識を失って倒れ込んだ。  錆びついた空気の中、白銀の双刃が月光を受けてかすかに光る。その微かな輝きが、アレンの蒼穹剣に呼応するように青白く反射した。まるで二振りの王剣が、世界に垂れ込める闇を嘲笑うように――。  こうしてアレンは、否応なく暗躍する宿命へと巻き込まれる。世界を蝕む破壊神の復活と、それを阻止しようとする巫女の予言。だが、最悪なのは、そんな世界の危機さえ己の野望に利用しようとする者がいるということだった。  その名はヴァルト・エグザイル。アレンの故郷を焼いた仇敵であり、帝国において“血風の王剣”を授かった最強の剣士。破壊神がもたらす闇と絶望を糧に、さらなる力を欲する狂気の男。  夜の静寂が痛いほどに胸を締め付ける。アレンは倒れたセリアのか細い体を抱きかかえながら、彼女が映した未来の悪夢に思いを馳せる――どちらが破滅を招くのか、あるいは希望をもたらすのか。蒼穹剣がもたらす光と影の狭間で、彼の心は千々に乱れていた。


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