蒼穹の王剣(そうきゅうのおうけん)

ジャンル:

ファンタジー

著者:

語りの灯火

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第三幕:封印の崩壊

それから数週間。アレンはセリアを連れ、かつて栄華を極めたとされる古代都市の遺跡を目指していた。彼女の口から語られた「神々の試練」――蒼穹剣を完成させるためには、世界各地に点在する遺跡で試練を突破しなければならないという。その一つ目が、帝国領から遠く離れたこの荒れ果てた地に眠っているらしい。  だが、道中は容易ではなかった。帝国軍の巡回兵や、野盗の襲撃。枯れた大地を覆う瘴気は、旅人の生命力を蝕み、行く手を阻む。そのうえセリアの具合も完全には回復していない。巫女としての力を使いすぎれば、身体はおろか精神をも崩壊させかねないほど脆くなっているのだ。  それでも、アレンの中には奇妙な焦燥感が芽生えていた。まるで蒼穹剣そのものが、彼を急き立てているような――遺跡に刻まれし何かを欲しているかのように。  遺跡の入り口にたどり着いたとき、古の石柱群がそびえ立ち、黒々とした空洞が眼下に口を開けていた。中に足を踏み入れた瞬間、ひやりとする冷気と、遠くから聞こえる水滴の音が暗闇を支配する。彼らが奥へ進むほどに、湿った空気が身体の熱を奪い、何か底知れない悪意がまとわりつくような感覚が強まる。  さらに進んだ先で、突然、低いうなり声が響いた。獣か、あるいは亡霊か。視界の利かない暗闇の中で、アレンとセリアは目を凝らす。すると、土の壁から腐敗臭を放つ腕が伸び、呻き声とともに複数の屍が立ち上がった。  「死者……帝国がここで何かを……」  セリアが驚きに目を見開く。だが、アレンには考える暇すら与えられない。屍たちは不自然なほど機械的な動きで剣や槍を振りかざし、二人に迫ってくる。アレンは咄嗟に蒼穹剣を抜き放ち、その青い光が死者の群れを切り裂く閃光へ変わる。骨が砕け、腐った肉片が飛び散るが、怨念に操られた屍は止まらない。  暗闇の中での死闘。蒼穹剣が放つ閃光が頼りだが、それは同時にアレンに尋常でない負荷を与える。呼吸を乱しながら、何とか屍の群れを蹴散らしていくものの、剣を振るう腕には徐々に疲労が蓄積していく。セリアも祈りの言葉を捧げながら光の結界を張ろうとするが、巫女としての力を長時間使い続けるのは危険だった。  ようやくの思いで死者の群れを退けると、そこには古代文字の刻まれた扉が現れた。その文様は見る者を威圧するように怪しく輝いている。セリアが潤んだ瞳でアレンを見やり、かすれた声で問いかける。  「あなたは……その先に進むの? 何が待ち受けていても……」  アレンは迷いながらもうなずいた。この試練を越えなければ、世界の崩壊を止める糸口すら見つからない。そして、己の復讐も果たせないまま終わる。ヴァルトはどこかで破壊神の力を利用しようとしている――そんな漠然とした悪寒が、胸を締め付けてやまないからだ。  扉を開けると、そこは広大な空間だった。重苦しい空気の流れが一瞬にして変わり、中心には巨大な祭壇が置かれている。その周囲を取り巻くように、不気味な水の流れが円環をなしていた。  すると突然、瘴気の塊が祭壇の上にうず高く集まり、そこから一体の巨大な亡霊のような魔物が姿を現す。空虚な眼窩がアレンたちを射抜くように見つめ、耳をつんざく咆哮が遺跡を震わせる。  「来るな!」  咄嗟にアレンはセリアをかばい、蒼穹剣を構える。魔物の長い腕が振り下ろされると、その衝撃だけで足元の床が砕け、瓦礫が宙を舞った。アレンはかろうじて体をひねり、剣で受け止めるが、圧倒的な力に膝が軋む。蒼穹剣は悲鳴のような剣鳴を響かせ、アレンの意識を震わせる。  絶体絶命――そう思えたとき、セリアがひそかに紡いでいた祈りが結実する。白銀の双刃が放つ聖なる閃光が魔物の動きを一瞬だけ止めた。その間隙を逃さず、アレンは渾身の力で蒼穹剣を振り下ろす。迸る青い閃光が魔物の身体を両断し、その体は黒い泥のように崩れ落ち、濁流となって祭壇へと吸い込まれた。  そして祭壇の中心に、青白く光る結晶が浮かび上がる。それを手にしたとき、アレンははっきりと蒼穹剣の鼓動を感じた。剣が微かに震え、その刃がより研ぎ澄まされていくようだ。しかし同時に、何かが世界の奥底で目覚めようとしている不穏な気配も、彼の心を苛む。  その頃、遠く帝国の都では、ヴァルト・エグザイルが獰猛な笑みを浮かべていた。血風の王剣が脈打つたびに、破壊神の封印が崩れていくことを感じ取っているかのようだ。王剣が集うほどに、神々の制御は弱まり、世界を覆う闇は深まっていく――。  遺跡を後にしたアレンたちが目にしたのは、漆黒の空にうごめく赤い月の影。風が鳴き声のように嘶き、地平線の彼方では不吉な雷光が断続的に走る。破壊神ヴォルグ・アノイアの封印は、もはや崩壊の一途をたどるしかないのだろうか――。アレンは蒼穹剣を握り締め、その冷たく重い感触を確かめる。もしこれが“未完成の剣”だというのなら、今のままでは世界を救う力には程遠い。  地の底から湧き上がる暗黒の気配の中で、彼は決意する。どれほど深い闇が待ち受けようとも、進むしかない。セリアとともに、世界を呑み込む破滅を断ち切るため――たとえ、その先に待つのが地獄のさらなる深淵であったとしても。


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