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SF1. 初めての手がかり 「リナ……どうしてお前の記憶がここにあるんだ?」 イツキは、再生された記憶データに目を凝らした。その記憶は断片的で、映像の中のリナは何かに怯えながら誰かに話しかけていた。 「私は知ってしまった。このままだと……」 映像は途中で途切れ、データの欠落を示すノイズが走る。リナが何を知ったのかはわからない。だが、その声は、イツキの胸に深い引っかかりを残した。 彼はシステムにログインし、データの出所を追跡しようとした。しかし、アクセス権限が不足しており、追跡は途中で止められた。 《警告:不正アクセスの試行が検知されました。この行為は記録されます。》 「くそ……」 イツキは画面を閉じたが、心の中に膨らむ疑問を抑えることはできなかった。 2. 消えない喪失感 その夜、イツキは久しぶりにリナの夢を見た。 夢の中のリナは、白い霧の中に立っていた。彼女は優しく微笑みながら手を伸ばしている。イツキがその手を取ろうとした瞬間、霧の向こうに吸い込まれるように消えてしまった。 目を覚ましたイツキは、胸の鼓動が早まっているのを感じた。 「俺は、何を消してしまったんだ……」 彼は記憶共有ネットワークを通じて自分の悲しみを削除した過去を思い出していた。悲しみを消せば平穏を手に入れられるはずだった。だが、それは平穏ではなく、空虚な日々をもたらしただけだったのだ。 リナの記憶を追うことは、彼女を取り戻すだけでなく、自分自身を取り戻す旅でもある。イツキはそう感じ始めていた。 3. ネットワークの深部へ 翌朝、イツキは仕事を放棄し、リナの記憶を追うためにネットワークの深部にアクセスする計画を立てた。だが、通常の方法では限界がある。記憶共有ネットワークの中枢システムには、政府が管理する強固なセキュリティが施されているからだ。 「普通のやり方じゃ無理だ……」 イツキは、非正規ユーザーの存在を思い出した。ネットワークから外れた生活を送りながらも、違法に記憶を扱う「闇市場」の住人たち。彼らならば、リナの記憶について何かを知っているかもしれない。 彼は闇市場の入り口を探すため、ネットワーク外の廃棄されたエリアへ足を運ぶことを決めた。 4. 闇市場への道 廃棄された都市エリアは、完全に政府の監視網から外れていた。壁には無数の落書きがあり、電線は剥き出し、ネットワークに繋がらない古びた端末が散らばっている。 「ここが、闇市場か……」 イツキが進むと、不意に影から声をかけられた。 「おい、こんな場所に迷い込むなんて、正気じゃないな。」 現れたのは、痩せた体にコートを羽織った男だった。目の鋭さと低い声が、不穏な空気を醸し出している。 「俺は、リナの記憶を探している。」 男はイツキをじっと見つめ、笑みを浮かべた。 「リナ……その名前、ここでも聞いたことがある。」 その言葉に、イツキの胸が高鳴る。 「彼女について知っているのか?」 「さあな。それよりも、話がしたいならここを離れた方がいい。あまりに長く立ち止まってると、奴らに目をつけられるぞ。」 「奴ら……?」 男は答えず、イツキに手招きをした。 「ついて来い。記憶の取引について話してやる。」 イツキは警戒しながらも、男について行くことにした。 5. 初めて知る真実 男に案内された先には、簡易的な取引所が広がっていた。記憶の売買が行われており、データ端末を手にした人々が小声で取引を交わしている。 「お前の探しているリナの記憶は、普通のものじゃない。誰かがそれを意図的にばら撒いたんだ。」 「ばら撒いた? どういうことだ?」 「リナの記憶は、ネットワークの中で断片的に広がっている。普通の記憶データは所有者が死ぬと同時に消去されるが、彼女の記憶は消えなかった。むしろ“植え付けられている”ように見える。」 その言葉に、イツキは何か冷たいものが背筋を走るのを感じた。 「それを誰が、何のために?」 男は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。 「それは、ネットワークそのものを知る鍵になるかもしれないな……」