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SF著者:
語りの灯火
「リナ……どうしてお前の記憶がここにあるんだ?」
イツキは、再生された記憶データに目を凝らした。その記憶は断片的で、映像の中のリナは何かに怯えながら誰かに話しかけていた。
「私は知ってしまった。このままだと……」
映像は途中で途切れ、データの欠落を示すノイズが走る。リナが何を知ったのかはわからない。だが、その声は、イツキの胸に深い引っかかりを残した。
彼はシステムにログインし、データの出所を追跡しようとした。しかし、アクセス権限が不足しており、追跡は途中で止められた。
《警告:不正アクセスの試行が検知されました。この行為は記録されます。》
「くそ……」
イツキは画面を閉じたが、心の中に膨らむ疑問を抑えることはできなかった。
その夜、イツキは久しぶりにリナの夢を見た。
夢の中のリナは、白い霧の中に立っていた。彼女は優しく微笑みながら手を伸ばしている。イツキがその手を取ろうとした瞬間、霧の向こうに吸い込まれるように消えてしまった。
目を覚ましたイツキは、胸の鼓動が早まっているのを感じた。
「俺は、何を消してしまったんだ……」
彼は記憶共有ネットワークを通じて自分の悲しみを削除した過去を思い出していた。悲しみを消せば平穏を手に入れられるはずだった。だが、それは平穏ではなく、空虚な日々をもたらしただけだったのだ。
リナの記憶を追うことは、彼女を取り戻すだけでなく、自分自身を取り戻す旅でもある。イツキはそう感じ始めていた。
翌朝、イツキは仕事を放棄し、リナの記憶を追うためにネットワークの深部にアクセスする計画を立てた。だが、通常の方法では限界がある。記憶共有ネットワークの中枢システムには、政府が管理する強固なセキュリティが施されているからだ。
「普通のやり方じゃ無理だ……」
イツキは、非正規ユーザーの存在を思い出した。ネットワークから外れた生活を送りながらも、違法に記憶を扱う「闇市場」の住人たち。彼らならば、リナの記憶について何かを知っているかもしれない。
彼は闇市場の入り口を探すため、ネットワーク外の廃棄されたエリアへ足を運ぶことを決めた。
廃棄された都市エリアは、完全に政府の監視網から外れていた。壁には無数の落書きがあり、電線は剥き出し、ネットワークに繋がらない古びた端末が散らばっている。
「ここが、闇市場か……」
イツキが進むと、不意に影から声をかけられた。
「おい、こんな場所に迷い込むなんて、正気じゃないな。」
現れたのは、痩せた体にコートを羽織った男だった。目の鋭さと低い声が、不穏な空気を醸し出している。
「俺は、リナの記憶を探している。」
男はイツキをじっと見つめ、笑みを浮かべた。
「リナ……その名前、ここでも聞いたことがある。」
その言葉に、イツキの胸が高鳴る。
「彼女について知っているのか?」
「さあな。それよりも、話がしたいならここを離れた方がいい。あまりに長く立ち止まってると、奴らに目をつけられるぞ。」
「奴ら……?」
男は答えず、イツキに手招きをした。
「ついて来い。記憶の取引について話してやる。」
イツキは警戒しながらも、男について行くことにした。
男に案内された先には、簡易的な取引所が広がっていた。記憶の売買が行われており、データ端末を手にした人々が小声で取引を交わしている。
「お前の探しているリナの記憶は、普通のものじゃない。誰かがそれを意図的にばら撒いたんだ。」
「ばら撒いた? どういうことだ?」
「リナの記憶は、ネットワークの中で断片的に広がっている。普通の記憶データは所有者が死ぬと同時に消去されるが、彼女の記憶は消えなかった。むしろ“植え付けられている”ように見える。」
その言葉に、イツキは何か冷たいものが背筋を走るのを感じた。
「それを誰が、何のために?」
男は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。
「それは、ネットワークそのものを知る鍵になるかもしれないな……」