廃道「幽路」に潜む異界への誘い

ジャンル:

ホラー

著者:

語りの灯火

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第七章 戻り得たのか、戻れなかったのか & エピローグ 別の世界の証左

第七章 戻り得たのか、戻れなかったのか  時間感覚が完全に麻痺した頃、三人の体に強い眩暈(めまい)が襲った。光が一瞬にして強まり、視界が白く染まる。  次に気づいた時、伊吹たちは廃トンネルの入口近くの地面に倒れていた。夕陽が差し込み、先ほどまで見えていたレトロな町並みは影も形もない。  「なんだ……元に戻った、のか……?」圭介は顔を歪めて呟く。  奈々も「カメラ……」とカメラを起動させるが、バッテリーは残っているのに動かない。液晶には砂嵐のようなノイズ画面が表示されるだけだ。  伊吹の腕時計は出発時刻から数分しか経過していないことを示していた。だが、感覚的には何時間も経った気がする。  三人は無言のまま廃道を引き返した。途中、入口の石の道標を見ても、刻まれた文字が先ほどとは違うように感じる。確かに「幽路」とあったはずが、かすかに文字が崩れ、読めなくなっている箇所が増えていた。  ようやく外の世界――車を停めた場所まで出ると、外の空気が不自然なくらい暖かい。すでに夕日が射しているが、時刻は15時半前後。  「15時半だって……? たった10分であんな体験が?」  圭介が困惑を隠せない表情を浮かべる。奈々も疲れ切った様子で、車のドアに体をもたれさせた。  その瞬間、奈々は悲鳴を上げる。「ちょ、ちょっと、後部座席に……!」  助手席の窓に映り込んだ三人の姿の後ろに、もう一つの影がある。まるで人の頭部だけが、そこに貼りついているように見えるのだ。  慌てて車内を確認しても、誰もいない。だが、窓ガラスにちらつくその影は、三人がいくら角度を変えても微かに付きまとっている。  伊吹は恐怖を抑えながら運転席に乗り込む。「とにかく、ここを離れよう」  エンジンをかけて急発進し、振り返らずにその場を後にする。ミラー越しに見えた廃道の入口付近で、夕陽に照らされた道標がまるで嘲笑うようにゆらりと歪んだ。 エピローグ 別の世界の証左  それから数日後。伊吹は卒業論文のまとめ作業として、持ち帰ったレコーダーや写真データを検証する。しかし、肝心な部分はことごとくノイズや破損ファイルになっており、真相を掴むには程遠い。  ただ一枚だけ、不鮮明ながら白い影のようなものが映った写真が残っていた。そのぼやけた人影には、明確に“顔”と呼べるものは見当たらない。だが、見つめていると不思議と胸騒ぎが募る。  さらに奇妙なのは、伊吹の右手の甲にできた痣。いつの間にか浮かんだ薄黒い痣は、形がトンネルのアーチに似ているとも言えなくもない。痛みは無いが、時折むず痒い。  伊吹は鏡を見つめる。目の奥に映るのは、いつもと変わらない自分のはず――しかし、何か“ズレ”を感じる。もしかしたら、廃道の奥から戻ってきたのは、自分ではない“別の存在”なのかもしれない……。  かつて噂で聞いた通り、「幽路」を通った者は二度と戻れない。戻れても別人となってしまう――。  その言い伝えは、これまではただの怪談話の類としか考えられてこなかった。しかし、伊吹は今や、あの廃道がただの心霊スポットや廃トンネル以上の“異界”へ通じる通路なのではないかと疑い始めている。  この世界で暮らす自分は、本当に元の世界から連続した存在だろうか――。  もし、あなたがあの廃道の道標を見つけてしまったら。そこに足を踏み入れる前に、どうか思い出してほしい。  戻ってきた“あなた”は、はたして本当にあなた自身なのか? あるいは、幽路の向こう側から招かれた“何か”なのか……。


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