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語りの灯火
廃トンネルの内部は暗く湿っていた。強力な懐中電灯で照らすと、天井や壁面は長年の雨漏りで苔やカビがびっしり。足元には水たまりが点在している。
「足下、気をつけて」
奈々が声をかけるが、言い終わらぬうちに、ぴちゃりと圭介が水たまりを踏んだ。だが、その水音に妙なエコーがかかっている。狭いトンネルではエコーは当然かもしれないが、それにしても音が二重三重に反響しているように感じる。
さらに奥へと進むにつれ、圭介が手にしているボイスレコーダーから変なノイズが混じり始めた。断続的に「ザ、ザザ…」という音が入り、時々、小さく人の囁きのような声が聴こえる気がする。
「な、なんだよこれ……」圭介は興味と恐怖が混じった顔でレコーダーを確認する。
一方の奈々は、カメラを覗いて息を呑む。「ライトを当てても、まったくピントが合わないの」
撮影しても画面にはただ暗がりの中に白い筋のようなものが映り込むばかり。時折、ヒト型の影が写っては消える。しかし肉眼では何も見えない。
伊吹も妙な頭痛を覚え始める。何かが頭の奥を締め付けるようだ。時間感覚も怪しく、いつから歩き出して、どのくらい経ったのか判然としない。
「トンネル、そんなに長いはずないよな……?」圭介が言う。事前の資料では全長300m程度と書かれていたが、10分以上歩いている気がするのにまだ出口が見えない。
その時、ふと視界の先がぼんやりと明るくなった。
「出口……かな?」
安堵したのも束の間、三人はまったく予期せぬ景色を目撃する。
トンネルを抜けると、そこには眩しいほどに晴れ渡った空が広がっていた。だが、その空気はなぜか古めかしい――煙草屋の看板や昭和初期の建築様式を思わせる建物が、道の先に並んでいる。
「こんなの、どこにも載ってなかった……」奈々は言葉を失う。
圭介が興奮ぎみに「これってパラレルワールドとかタイムスリップってやつかもしれない」と呟くが、伊吹は自分の鼓動が早鐘を打つのを感じていた。
「そんな馬鹿な……でも、どう見ても昭和の頃の景色だ」
通りを見渡しても、人影はあるようでない。遠くに誰かが立っていた気がしても、目が合った瞬間に消えてしまう。あるいは、ぼんやりとした霧のように溶けてしまう。
やがて三人は、ここが本当に実在する世界なのか疑い始める。携帯の電波は圏外、時計は止まったり狂ったりしている。
ふと振り返っても、そこにあるはずのトンネル出口が見当たらない。森や木立の向こうに遮られ、入口がどこにあったのか見失ってしまっている。
「どうする……? このままじゃ戻れない」
焦りと恐怖に駆られた伊吹たちは、出口を求めて町外れへと向かう。しかし、どこへ行っても同じような古い街並みが続き、時折すれ違うような気配があっても相手の顔は認識できない。まるで亡霊の町だ。