約束の鏡

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ミステリー
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短編小説「約束の鏡」

1. 冬の祝福 白い息が空に溶けていく。 川島遥(かわしま はるか)は、真新しい振袖の袖口をぎゅっと握りしめ、公民館の前に立っていた。 「成人式、か…」 母親に直してもらった髪飾りが、微かに揺れる。 祝福に包まれるこの日、遥の心にはある手紙の存在が重くのしかかっていた。 『成人の日、鏡の前で待っている。――父より』 父・剛(つよし)は、10年前の火災で亡くなっているはずだった。 なのに、どうして今になってこんな手紙が届くのか。 「本当に、お父さんが?」 不安と期待が胸の奥で絡み合い、遥は会場の奥へと足を進めた。 2. 鏡の中の影 式典が終わり、友人たちの笑顔や賑やかな声が遠ざかる中、遥は薄暗い廊下を進んでいく。 向かった先は、公民館の一番奥にある控え室。そこに、古びた大きな姿見があった。 「ここ…だよね?」 鏡は黙って遥を映していた。 だが、じっと見つめていると、鏡の奥がかすかに揺らめいた。 ――男の影が映る。 「……お父さん?」 遥が振り返るが、誰もいない。 だが、鏡の中の男は微かに笑い、手を差し伸べた。 その手の動きは、何かを指し示している。 視線をたどると、鏡の隅に古びた写真立てが見えた。 埃を払って手に取ると、そこには父と幼い遥、そして見知らぬ少年が写っていた。 裏にはこう記されていた。 『1998年8月12日 剛・遥・誠』 「誠…? 誰?」 遥は兄弟などいないはずだった。 だが、父の影が再び現れ、鏡に文字が浮かび上がる。 『誠を見つけて』 3. 封じられた過去 遥は公民館の古い資料室へと向かった。 館員の協力で見つけた20年前の新聞記事には、驚愕の事実が載っていた。 『1998年 公民館火災――川島剛さんとその息子が行方不明』 息子――誠。 遥には知らされていなかった存在。 母に問いただすと、母は震える声で語り出した。 「誠は…あなたの双子の兄よ。でも、火災の夜に…行方不明になったの」 遥の脳裏に、幼い日の断片的な記憶が蘇る。 炎の中、誰かの手を必死に掴もうとしていた――その小さな手が、誠だった。 4. 隠された真実 遥は火災のあった部屋へと戻った。 そこで、壁の隙間から古びたメモを見つけた。 『あの夜、誠は連れ去られた。火事は事故じゃない。鏡が道を開く。』 鏡が…道? 遥が姿見をじっと見つめると、鏡の奥が再び揺らぎ、遥の姿が鏡に吸い込まれていく。 気づくと、遥は見知らぬ屋敷に立っていた。 その先に――成長した誠がいた。 だが、彼は暗闇に囚われたように無表情だった。 「誠…?」 遥の声に、誠はわずかに目を細めた。 「遥…?どうして、ここに…」 彼は、父の親友だった男・黒川によって連れ去られ、記憶を封じられていたのだった。 火災はその痕跡を消すための偽装だった。 5. 約束の再会 遥は震える声で、父からの手紙と写真を見せた。 「お父さんが…あなたを探してって…!」 誠の瞳が揺れ、長く閉ざされていた記憶が少しずつ蘇る。 遥は誠の手を強く握りしめた。 「一緒に帰ろう…お父さんと、お母さんのところに!」 その瞬間、屋敷の壁が崩れ、鏡が現れる。 二人は手を繋いだまま、光の中へと飛び込んだ。 6. 新たな始まり 遥が目を覚ますと、そこは公民館の鏡の前だった。 だが、隣には確かに誠が立っていた。 「本当に…帰ってきたんだね」 公民館の外では、母が涙を流しながら二人を迎えた。 雪は止み、晴れ間が広がっていた。 「お父さん、見てるよね」 遥が空を見上げると、どこかで微笑む父の気配を感じた。 こうして、家族は再び繋がった。 成人の日。 それは、遥と誠にとって新たな家族の始まりの日となった。 ― 終 ―


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