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官能小説リナの新しい執筆が進む中、彼女の作品は次第に形を変えた。かつて第七章を中心に描かれていた「官能的な情景」は、登場人物たちの心情や感情の交錯をより深く掘り下げたものへと進化していった。 彼女は透との記憶と向き合いながら、「書く」という行為が自分の心の癒しであることに気づいていた。恋の未練や喪失感、それでも前に進みたいという願い。それらを文字に込めるたび、まるで自分が少しずつ再生されていくような感覚を覚えた。 出版の反響 そして迎えた出版の日。リナの小説は、慎重に練り直した結果、単なる「官能小説」という枠にとどまらない作品として仕上がった。人間の欲望や孤独、つながりを描いたその物語は、読者からも批評家からも高い評価を得た。 特に反響が大きかったのは、第七章だった。 「この章には、言葉以上の感情が詰まっている。」 「官能的な描写の中に、心の痛みと救済が織り込まれている。」 そんな声がSNSや書評サイトを埋め尽くした。リナはその評価に安堵しながらも、心のどこかで感じていた「空白」は、まだ完全に埋まったわけではなかった。 忘れられない名前 ある日、リナは担当編集者の北川から電話を受けた。 「麻生さん、あなたの作品に対して、ぜひ感想を直接伝えたいと言っている方がいる。」 「どなたですか?」 「名前を聞いて驚かないでくださいね……志村透さんです。」 その名前を耳にした瞬間、リナの心臓は大きく跳ねた。透。かつて自分の全てを捧げた相手。彼が今さら自分に何を伝えようというのか。頭の中に疑問と期待が渦巻く。 再会 北川の計らいで、リナと透の再会は出版社の小さな会議室で実現した。扉を開けた瞬間、透は微笑みながら立っていた。時を経て成熟したその姿は、記憶の中の彼とは少し違っていたが、その眼差しはあの頃と変わらなかった。 「久しぶりだな、リナ。」 透の低く落ち着いた声が、リナの胸に響く。 「どうして今になって……」リナは問いかける。 透は手に持っていたリナの本を掲げて見せた。 「お前の本を読んで、どうしても伝えたくなったんだ。あの頃、お前の言葉に救われた俺がいたってことを。」 透の言葉は意外だった。彼が留学を決めたとき、自分はただ捨てられたのだと思っていた。だが、彼もまた迷い、孤独の中で自分を見失いそうになっていたのだという。 「お前があのとき書いてた言葉、それが俺にとって唯一の拠り所だったんだ。でも、ちゃんと伝える勇気がなかった。だから今日こうして、直接会って伝えたかった。」 リナは透の言葉を聞きながら、ずっと胸に抱えていた孤独が解きほぐされていくのを感じた。そして、自分が「書く」ことで救われてきたように、誰かの心に届く言葉を紡ぐことができたのだと実感した。 エピローグ 透との再会から数か月後、リナは次の小説に取り掛かっていた。それは官能小説という枠を超えた、より人間の感情の深みを探る物語だった。 透とは今も連絡を取り合い、時折会って言葉を交わす関係が続いていた。再び恋に落ちるわけではない。ただ、お互いの存在がかつての痛みを癒し合うような、穏やかなつながりを持つことができたのだ。 「書くことで、自分の心も、他人の心も救えるんだ。」 リナはそう感じながら、新たな一文をノートに記した。 「言葉は心を解き放つ鍵である。」 その鍵を手に、彼女はこれからも書き続けていく。愛と情熱を、そして未だ言葉にならない感情を紡ぐために。