鉄火の剣豪 -時を駆ける鎌倉武士-

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歴史
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第一話:時を駆ける鎌倉武士

梶原景真(かじわら かげざね)は、鎌倉時代末期の荒れ果てた世を生き抜く、名もなき下級武士であった。幼い頃、蒙古襲来に際して父を亡くし、母を失ってからは、失意の中で剣に生きる毎日。元より高貴な血筋でも大きな所領を持つ家柄でもない彼が頼れるのは、己の腕一本と、幼き日に学んだ剣術のみだった。  日々の糧を得るために侍大将の屋敷で雑用のような警備の仕事を請け負っていたある夕暮れ、景真は鎌倉の街外れで不思議な雷鳴を耳にした。天を裂くような稲妻が、夜空を白く染める。見慣れたはずの稲妻とはどこか様子が違い、胸騒ぎを覚えた景真は騎馬を走らせ、その光の源へと急いだ。だが彼が目撃したのは、眩い閃光が地を貫く一瞬の光景。やがて強烈な衝撃とともに意識を手放した。  次に目を覚ましたとき、景真はまったく見知らぬ戦場に横たわっていた。騎馬武者の姿も甲冑も、どこか違和感がある。見渡せば、無数の足軽たちが奇妙な道具を構え、火を噴いているではないか。破裂音と白煙が辺りを包み、敵味方入り乱れる混戦の中、景真は信じられない思いで立ち尽くしていた。  「なんだ、あの武器は? まるで雷鳴を手にしたようだな……」  しかし彼が呆然とする暇もなく、屈強そうな足軽の一団が景真に飛びかかってきた。反射的に得意の剣を抜き、鎌倉に伝わる流儀で一人、また一人と斬り伏せる。圧倒的な剣の冴えに、敵も味方も驚きの声を上げる。けれど、彼らが使う“鉄砲”から放たれる弾丸は、景真の知らぬ威力を持っていた。かすめ飛んでくる鉛玉の恐ろしさに冷や汗をかきながらも、景真はこれが何らかの異常な現象で、自分が“違う時代”へ来てしまったことを薄々悟り始める。  戦はほどなくして終わった。混乱の中、景真は負傷して倒れていた足軽を助け、その口からこの世が“戦国”と呼ばれる時代であることを知る。なんと、鎌倉幕府はとうに滅び、室町幕府さえも衰え、今は“織田”や“武田”といった大名が覇を競っているというのだ。その足軽は景真に礼を言い、もし良ければ自分の主君に会ってほしいと誘う。景真としても、今の状況を理解するためには情報が必要だった。こうして彼は、一人の足軽の案内を受けながら、とある小大名の陣へと向かうことになる。  そこに現れたのは一人の若き武将。粗末な陣幕に囲まれた一角で、景真の名乗りを聞くなり目を見張った。この“戦国”の世に突如として現れ、圧倒的な剣の腕を示す男――。名乗りを上げた景真もまた、この武将の風体や礼儀作法に違和感を抱いていた。互いが互いをまじまじと見つめ合う。しかし、その武将はすぐさま笑みを浮かべると、何か思いついたように景真を自陣に迎え入れ、深々と頭を下げた。  「もしや、あなたは失われし時代の剣豪か。それにしても、あの剣捌き……並大抵ではない。今後、わたしの軍で手を貸してもらえぬか?」  そう言うと、武将は半ば強引に景真を引き入れ、その夜から早速、鉄砲の扱いを教えるよう足軽らに命じた。聞けば、南蛮から伝来したその“鉄砲”は新式の兵器であり、弾薬や操作にも独自の技術が求められるという。景真は、自分のいた鎌倉の常識から見れば魔術のようにも感じる代物を手にし、何度となく空撃ちの練習に励む。火薬が燃え弾丸が飛び出す瞬間、手の中で轟く衝撃と火の粉は、斬り合いとはまた違う恐怖と興奮をもたらした。  やがて、城攻めの最前線へと送られた景真は、剣術と鉄砲の両方を使う独特の戦闘法で数々の武将を打ち破り、“鉄火の剣豪”と呼ばれるようになる。強烈な斬撃で間合いを詰め、逃げようとする敵には鋭い鉄砲の一撃を見舞う。その戦いぶりは凄まじく、噂は瞬く間に諸国に広まった。時代を超えた剣豪が、この戦国の世を変えるのではないか――そんな囁きさえ出始める。  しかし、景真の胸中は複雑だった。自分がなぜここに呼ばれたのか、その理由は未だにわからない。生まれ育った時代に戻る術もなく、今の主君に仕えることが本当に正しいのかも疑問だった。一方で、日ごとに血生臭い戦の現実を知り、戦国の人々の悲しみや苦しみに触れるにつれ、景真は次第に己の正義と誇りの在り処を模索し始める。もし、強力な力を得た自分が戦を終わらせることに寄与できるのならば、それもまた武士としての道ではないか――。  新たなる戦が近づく噂が立つ中、景真の運命はさらなる荒波へと呑まれようとしていた。天に仇なす雷がもたらした時を超えた力と、かつての時代にはなかった鉄砲という魔器。その交わりが、この世の定めを大きく変えるかもしれない。激動の戦国絵巻の中に、時を越えて舞い降りた鎌倉武士。彼の剣と弾丸は、果たして戦国の命運を握る切り札となるのか、それともさらなる混乱を巻き起こす種火となるのか。  遠い空に轟く雷鳴を聞きながら、景真は己の刀と鉄砲を携え、静かに目を閉じた。武士としての矜持は変わらぬ。ならばどの時代であれ、信じる道を斬り拓くだけだ――そう誓うと、景真は再び立ち上がり、この戦国の荒野を駆け抜けていくのだった。


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