最後の日に君と

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短編小説:最後の日に君と

正月休み最終日の午後、玲奈は駅前のカフェの窓際に座っていた。街はどこかぼんやりとした空気に包まれ、年末年始の賑わいが嘘のように静かだ。行き交う人々の足音だけが微かに響き、玲奈の心の中で妙に大きく反響する。 スマートフォンの画面には、彼――祐介からのメッセージが表示されていた。 「夕方、少しだけ会えない?」 たったこれだけの短い言葉。でも、その裏に込められたものを玲奈は感じ取っていた。年末のあの夜から、どちらからも何も言えないままだったことを。 「何を話すつもりなんだろう…」 自分に問いかけながらも、玲奈は答えを出せずにいた。代わりに、あの日の記憶が鮮やかに蘇る。 年末最後の日、二人は些細なことで口論になった。 「どうしていつも仕事ばっかりなの?」 玲奈の言葉には、期待と失望が入り混じっていた。祐介はその時も、スマートフォンを手にメールを確認しながら、気の抜けた返事をしただけだった。 「忙しいんだから仕方ないだろう」 その無関心な態度が玲奈の怒りに火をつけた。けれど、感情をぶつけたところで祐介は何も言わなかった。ただ、疲れた表情で立ち去る後ろ姿が、妙に記憶に焼き付いていた。 カフェの扉が開き、冷たい風と共に祐介が現れた。その姿を見た瞬間、玲奈の心臓が少しだけ早く跳ねる。紺色のコートを羽織った祐介は、以前と変わらない。けれど、どこか沈んだ空気を纏っているようにも見えた。 「玲奈、久しぶり」 祐介の声には、少しだけ緊張が混じっていた。 玲奈は軽く会釈をし、ぎこちない微笑みを返す。彼が向かいの席に座ると、テーブル越しの距離がやけに遠く感じた。祐介がコートを脱ぐと、ポケットから小さなキーケースが落ちる。それは、玲奈が誕生日に贈ったものだった。 「まだ使ってくれてるんだ」 玲奈がぽつりと呟くと、祐介は一瞬驚いた顔をして、それから照れくさそうに笑った。 「もちろん。これ、俺には結構大事なんだよ」 彼の言葉に、玲奈の心が少しだけ温かくなる。 しばらく、二人はありきたりな会話を続けた。年末年始の出来事、共通の友人の話、祐介の仕事の愚痴。それらは、時間を埋めるためのものだった。本題には触れられないまま、二人の間に気まずい沈黙が流れる。 「玲奈」 唐突に祐介が口を開いた。その声には、これまでとは違う深い響きがあった。 「年末のこと、ずっと考えてた。俺、気づくのが遅かったけど…玲奈に寂しい思いをさせてたんだよな」 祐介の視線が玲奈を捉える。その目は真剣で、少しだけ迷いを含んでいるようだった。 「本当にごめん。でも、俺…やっぱりお前と一緒にいたい。これからも、ずっと」 玲奈の心が大きく揺れた。祐介の不器用ながら真摯な言葉が、胸の奥深くに響く。それは、あの日祐介から聞きたかった言葉だった。 「祐介…」 玲奈はそっと手を伸ばし、彼の手に触れる。その手は冷たかったが、握り返してくる力があった。 「私も…あなたと一緒にいたいと思ってる」 玲奈の頬に涙が一筋流れる。けれど、それは悲しみの涙ではなかった。 カフェの窓越しに見える空はまだ曇り空だったが、二人の間には確かに新しい光が差し込んでいた。


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