残業の熱

ジャンル:

官能小説

著者:

語りの灯火

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残業の熱

### 「残業の熱」

時計の針が9時を回った頃、オフィスの喧騒は静まり返り、彩花はデスクで一人、資料の山に埋もれていた。入社して一週間の新社会人。タイトなブラウスとヒールにまだ慣れず、大学時代の夢—広告で世界を変える—は今、目の前の数字とグラフに飲み込まれそうだった。

「まだ終わらないのか、彩花」

背後から響いた低い声に、彩花は肩を震わせた。振り向くと、直属の上司・拓也が立っていた。32歳、部署のエースクリエイター。ジャケットを脱ぎ、シャツの袖をたくし上げた姿は、疲れていてもなお鋭い色気を放っていた。

「す、すみません、もう少しで…」

「言い訳はいい。結果を出せ。それがこの世界だ」

冷たく鋭い言葉。でも、彼の昼間の情熱的なプレゼンが脳裏に焼き付いている。あの姿に憧れて、この会社を選んだのだ。彩花は唇を噛み、キーボードに目を戻した。

11時を過ぎ、オフィスは二人きりになった。拓也のペンが紙を走る音と、彩花のキータッチだけが響く。

「ここ、数字が合わない」

拓也が背後に立ち、モニターを指差した。息がかかるほど近く、彼の体温がスーツ越しに伝わる。彩花の心臓が跳ねた。

「あっ…見直します」

慌ててマウスを動かす手が震え、拓也がその上に手を重ねてきた。

「落ち着け。焦るとミスが増える」

大きな手が彩花の甲を包み、指先が絡むように触れる。彼女は息を止め、彼の視線が首筋を辿るのを感じた。ブラウスの襟元から覗く肌が、熱を持つ。

「君、新人にしては頑張ってるよ」

拓也の声が柔らかくなり、耳朶をくすぐった。彩花の頬が熱くなる。

「もう遅い。続きは明日でもいいんじゃないか?」

拓也が椅子に凭れ、ネクタイを緩めた。シャツの第一ボタンが外れ、鎖骨が覗く。彩花は目を逸らそうとしたが、視線が絡まる。

「でも、締め切りが…」

「締め切りは大事だ。でも、君が倒れたら意味がない」

拓也が近づき、資料の束を手に取る。指が彩花のそれに触れ、今度は意図的な、ゆっくりとした接触だった。彼女の喉が鳴り、初めて上司の瞳を直視した。そこには疲れと、抑えきれなそうな何かがあった。

「君はまだ知らないだろう。自分の魅力がどれほどのものかを」

囁きが深夜のオフィスに溶け、彩花の身体を震わせた。冷めたコーヒーカップとは裏腹に、二人の間の空気が熱を帯びた。

翌日、大型プロジェクトの締め切りが迫り、残業が続いた。深夜1時、オフィスは再び二人きり。彩花が資料を手に拓也のデスクへ近づくと、彼が突然立ち上がり、彼女の手首を掴んだ。

「もう限界だろ。少し休め」

「でも…」

言葉を遮るように、拓也の視線が彩花の唇に落ちた。次の瞬間、彼の指が彼女の顎を上げ、オフィスの薄暗い光の下で唇が重なった。硬い机に背を預け、彩花は抗う力を失った。拓也の手がブラウスの裾を滑り、肌に触れる。スーツ越しに見えたたくましい腕が、彼女を包み込む。

「拓也さん…これじゃ仕事が…」

「今は仕事じゃない。君が欲しい」

彼の声は低く、欲望に濡れていた。彩花のタイトスカートが捲れ上がり、脚線美が露わになる。机の上に散らばる資料が崩れ、二人は抑えきれず一線を越えた。初めて味わう快感に溺れながら、彩花は心の中で呟いた。「これが私を強くする」。

プロジェクトは成功し、打ち上げの夜、拓也と彩花は再び二人きりになった。会議室のドアを閉め、彼が彼女を壁に押し付ける。唇が重なり、スーツのボタンが外されていく。だが、その時、彩花のスマホが鳴った。同期の美咲からだ。

「彩花、拓也さんと何かあるの?」

打ち上げで拓也と親しげに話す彩花を見て、美咲が気づいたのだ。彩花は動揺しつつも、電話を切った。拓也の腕の中で、彼女は自分に問うた。この熱は仕事への情熱なのか、それともただの欲望なのか。

翌朝、彩花はデスクで新しい企画書を書き始めた。拓也の指導を受けながらも、自分のアイデアを形にしていく。美咲の言葉が頭をよぎる。「自分を見失わないで」。彩花は頷いた。拓也との関係は、彼女を強くした。でも、それだけで終わりじゃない。オフィスの窓から朝日が差し込む中、彩花は自分だけの道を見据えた。机の端に置かれたコーヒーカップは、今度は温かかった。


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