一粒の温もり

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日常
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短編小説:一粒の温もり

1 月25日、冷え込みが厳しい東京の夜。街灯に照らされた路地裏は凍てつく寒さに包まれていた。そんな中、小さな中華まん屋「福まん」が暖かな湯気を立てて営業していた。この店は創業50年、親子三代で営まれている老舗だ。 カウンター越しには、店主の浩一(こういち)がせっせと蒸籠(せいろ)から中華まんを取り出しては客に渡していた。寒い夜には行列が絶えず、この日も例外ではない。しかし、その中に一人、不釣り合いな青年がいた。薄汚れたコートにくすんだマフラー、片手には小さな封筒。彼は行列の最後尾で立ち尽くしていた。 「寒い夜ですねえ。お待たせしました!」 浩一の声に次々と客が中華まんを受け取り、温かそうに去っていく。やがて列が短くなり、青年の番が来た。彼は少しおどおどしながらも、ポケットからくしゃくしゃになった小銭を取り出した。 「すみません、これで…肉まん、ひとつ、ください。」 浩一は微笑んで蒸籠を開け、湯気の中からふっくらとした肉まんを取り出した。「お兄さん、今日は特別な日だから、おまけしとくよ。」そう言って、ほんのり香ばしい肉まんを手渡した。 青年は少し驚いたように目を見開き、慌ててお礼を言った。「あ、ありがとうございます!でも、なんで特別なんですか?」 「1月25日は『中華まんの日』なんだよ。寒いときに、これ一つで心も体も温まるからな。」 青年は肉まんを手に取り、両手で包み込むようにして眺めた。その手がかじかんでいるのが一目でわかる。浩一は青年の顔を見て、何か気になるものを感じた。 「…大丈夫かい?何かあったのか?」 青年は少し俯きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。実は、地元の小さな工場が倒産して仕事を失ったこと、東京に来てからもうまくいかず、最後の希望をかけて持ってきた履歴書があること。そして、それがなかなか受け入れられない現実に打ちのめされていること。 浩一は黙って聞いていたが、やがて湯気の立つ店の奥からもうひとつ肉まんを取り出し、青年に渡した。 「俺も若いころ、夢追いかけて何度も失敗したよ。でもな、この肉まん一つ作るのに、どれだけの人が関わってるか知ってるか?小麦を育てる農家、肉を育てる畜産家、そしてこの街の人たちの温かさが、全部ここに詰まってるんだ。」 青年はその言葉に少しだけ泣きそうになりながら、手の中の肉まんを見つめた。手から伝わる温もりが、心にもじんわり広がるようだった。 「ありがとうございます…。僕、もう一回、頑張ってみます。」 青年は深々とお辞儀をし、再び冷えた夜の街へと歩き出した。その背中は、少しだけ軽くなったように見えた。 そして数年後、浩一の店には一枚の写真が飾られていた。それは立派なスーツに身を包んだ青年が、中華まんを持ちながら微笑む姿だった。その横には短い手紙。 「福まんのおかげで立ち直れました。ありがとうございました。」 浩一はその写真を見ながら、蒸籠の蓋を開ける。湯気の向こうには、また新たな誰かを温める一粒の中華まんが、ふっくらと蒸し上がっていた。


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