透明な約束

著者:

語りの灯火

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短編小説:透明な約束

1月26日、東京の小さな研究所で働く**藤井紗枝(ふじい さえ)**は、夜明け前から顕微鏡と向き合っていた。彼女はコラーゲン研究の第一人者で、ついに老化を逆転させる画期的な「再生コラーゲン」を開発するプロジェクトの最終段階に達していた。しかし、そのプロジェクトには厳しい締め切りと、成功を約束できないプレッシャーがのしかかっていた。

紗枝には一つの信念があった。

それは、亡き父の遺した言葉――「人の命をつなぐのは、目には見えないものだ」。父は小さなクリニックの医師だったが、無理を重ねた末、50代で心筋梗塞で亡くなった。彼が最後まで研究していたのが、コラーゲンを用いた心臓の再生医療だった。

「このままじゃ、父の夢を終わらせてしまう……」

紗枝は深夜までデータを解析しても答えが見つからず、研究所の休憩室で倒れ込むように眠り込んでしまった。

翌朝、紗枝の研究所に一人の若い男性が訪れた。

彼の名は深瀬翔太(ふかせ しょうた)。彼は紗枝の高校時代の同級生であり、今は大病院の外科医をしている。彼は紗枝が父親を亡くした日から、ずっと彼女を見守っていた。だが、それを伝える機会がないまま10年が過ぎていた。

「こんなところで会うとは思わなかったな、紗枝。」

突然の来訪に驚いた紗枝だったが、翔太は真剣な目で彼女を見つめた。

「紗枝、君の研究がどれほど重要か知っている。でも、自分の体を壊してしまったら、全てが無意味だ。」

彼の言葉に、紗枝は初めて気づいた。自分が父の夢ばかりを追いかけ、誰かに支えられることを拒んでいたことを。

その日の夕方、紗枝は父の形見のノートを開き、ふとした手がかりを見つける。それは、コラーゲンを安定化させる「鍵」となる分子構造の記述だった。父の研究を参考にした紗枝の最後の改良で、ついに再生コラーゲンが完成したのだ。

数週間後、彼女の発見は医学界に大きな波を起こした。再生医療の新時代が始まるその陰には、紗枝の努力と、彼女を支え続けた翔太の存在があった。

紗枝はふと思う。コラーゲンのように、人のつながりもまた目には見えずとも人を支える力になるのだと。

――見えないものこそ、命をつなぐ約束になる。

エピローグ

数年後、紗枝と翔太はある病院で講演会を開いた。会場には再生コラーゲンで救われた患者たちの笑顔があふれていた。

紗枝は講演の後、ふと小声でつぶやいた。

「翔太、ありがとう。あなたがいなければ、ここまで来られなかった。」

翔太は微笑んで答えた。

「紗枝、これからも俺たちの絆で、もっと多くの命をつないでいこう。」

透明な約束――それは、紗枝と翔太の未来をも照らしていた。


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