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ホラー著者:
語りの灯火
目の前にあるボタンを押せば100万円。しかし、代償は「誰かの命」だった——。
ある日、俺の前に謎の男が現れた。黒いスーツに白い手袋。無機質な声で、こう言った。
「このボタンを押せば、あなたの口座に100万円が即座に振り込まれます。ただし、誰かが死にます」
目の前のボタンは、何の変哲もないプラスチック製。赤く、大きなボタン。押した瞬間、何が起こるのかも分からない。
「誰が死ぬんだ?」
「それは、あなたが知る必要はありません」
男は淡々と告げるだけだった。
俺は悩んだ。100万円が手に入れば、人生は少し楽になる。家賃の支払い、滞納しているクレジットカードの清算、欲しかったものを買うことだってできる。
もし「知らない誰か」が死ぬだけなら? 遠くの誰かなら、俺の人生には何の影響もないのではないか?
——俺は、ボタンを押した。
「カチッ」
それだけだった。雷が落ちるわけでもなく、世界が揺れるわけでもない。
男は静かに頷くと、スマホを取り出し、俺の口座を確認するよう促した。
そこには、確かに100万円の振込通知があった。
「では、また」
そう言い残し、男は消えた。
翌朝。
俺はベッドの上でスマホのニュースを開いた。目に飛び込んできたのは、驚愕の見出しだった。
「10年前の男性、遺体で発見」
……10年前の男性?
ふと記事を読み進めると、そこにはかつての自分の写真が載っていた。10年前、俺が20歳だった頃の顔だ。
「なんで……俺の写真が?」
記事にはこう書かれていた。
「男性は10年前の失踪者として登録されており、今回発見された遺体はその人物と一致。死因は不明とされ、事件性の有無について調査が進められている」
俺は震えた。
10年前、俺は確かに生きていた。だが、その「俺」が今、死んでいる?
——つまり、ボタンを押したことで、俺の過去が書き換えられた?
「そんな……バカな……」
全身の血の気が引く。
10年前、俺はある日突然事故に遭いかけたことがあった。信号無視の車が突っ込んできて、ギリギリで助かった。しかし、もしその時死んでいたら?
もし、ボタンを押したことで、「助かるはずだった俺」が助からなくなったのだとしたら?
俺は今、この世界に「存在してはいけない」存在なのではないか?
ガタガタと震えながら、部屋の隅を見た。
——そこには、昨日の男が立っていた。
「どうやら、君はもうこの世界に存在できないようですね」
男はニヤリと笑う。そして、新たなボタンを俺の前に差し出した。
「……押しますか?」
目の前のボタンが、赤く光った——。
この物語は「選択と代償」というテーマを描いています。100万円という大金を手に入れるために、自分の過去が書き換えられる……そんなサイコスリラー的な展開が待っています。
もし、あなたの目の前に同じボタンがあったら、押しますか?
それとも——運命を受け入れますか?