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語りの灯火
灼熱の太陽がアフリカの大地を焦がす午後、若いライオン、カロンは岩山の頂に座っていた。広がる草原は黄金色に輝き、どこまでも続く地平線には蜃気楼が揺れている。
カロンは父王、ゼロンの後を継ぐべき“未来の王”として生まれた。しかし、心の内には重圧と疑念が渦巻いていた。“王とは何か? 力とは何か?” 幼い頃から教えられた理想は彼にとって抽象的すぎて実感が湧かなかった。
彼の脳裏には、幼少期の記憶がよみがえる。父と共に草原を巡り、“王の役割”を教えられた日々。傷ついたガゼルを助ける父、群れの中で争いを仲裁する父。その背中は偉大だった。しかし、父の厳しい瞳に映る自分は、いつも力不足の存在に思えた。
ある日、カロンはひとりで広大な草原を歩いていた。群れを離れ、静かな時間を求めて。すると、目の前に負傷したハイエナが倒れているのを見つけた。
「おい、生きてるか?」
声をかけると、ハイエナは弱々しく目を開けた。
「…ライオンが…私を助けるのか?」
「俺はまだ王じゃない。ただのライオンだ。」
カロンは、父がしていたように傷口を舐め、近くの木陰へ彼を運んだ。夜が明けるころ、ハイエナはようやく口を開いた。
「私たちハイエナは、ずっとライオンの敵だと言われてきた。それでも、あんたは助けてくれた。なぜだ?」
「正直、わからない。ただ、見て見ぬふりができなかっただけだ。」
その言葉にハイエナは短く笑った。
「それが王だ。」
カロンは驚いたようにハイエナを見つめた。その言葉には、彼が長年求めていた答えが込められていた。王とは、力や恐れで群れを支配する存在ではない。必要なのは、群れや敵対する者たちをも思いやる心なのだ。
その後、カロンは群れに戻り、父ゼロンに会った。目に映る父の背中は、もはや遠く感じられなかった。彼は真っ直ぐに父の目を見つめ、誓った。
「俺は、誰よりも心の強い王になる。」
ゼロンは黙って頷き、その目はどこか誇らしげに光っていた。
数年後、カロンは“砂漠の王”として群れを導く存在となる。彼の名は草原だけでなく、荒野や森にも広まり、彼を慕う者たちは敵味方を超えて集まった。
ハイエナとの出会いは、彼にとって運命の導きだった。そして、今も彼の胸には、群れのすべてを包み込む大地のような温かさが宿っている。