メルトショック

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サスペンス
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短編小説:メルトショック

金属の裂ける音が、暗闇を越えた。カイトは手元のパネルに浮かび上がる赤い警告表示を凝視しながら、深く息を吸い込んだ。船体の外壁が限界に達している。それでも、この場所を離れるわけにはいかなかった。 「コアの温度が危険域に達しています。冷却システムの再起動が必要です」AIの冷漠な声が、艦内の薄暗い空間に響く。 「分かってる。でも……無理なんだよ!」カイトの声は振るえていた。艦内の冷却材が尽き、周囲の構造体が次々と熱で融解していく。温度上昇が引き起こす物質の変質、それが“メルトショック”だ。普通なら警告を受けた時点で船を放棄するのが定石だが、彼には逃げる選択肢はなかった。 船内中央に設置されたステイシスカプセル。その中で眠る少女、エリカがいるからだ。彼女の心臓を動かしているのは、船のエネルギーコアそのものだった。カイトが彼女を救うために盗み出した技術は地球連邦にとっての極秘事項。逃げ場のない寺城域で、連邦軍が迫る中、選択肢はただ一つ。 「システムを再構築する……エリカを救うために!」カイトはパネルに手を伸ばし、融けかけた回路を応急処置する。汗が額を流れ落ち、視界がぼやける。 その瞬間、彼の脳裏に過るのは、エリカとの最後の会話だった。「兄さん、私がこのまま消えちゃっても、悔いは残さないでね」それでも、彼女を失うことだけは、許せなかった。 警告音が一瞬速く、AIが低い声で告げる。「全エネルギーをカプセルに集中することで、システムの過熱を抑える可能性があります。ただし、船体の崩壊が加速します。」 カイトは目を閉じ、覚悟を決めた。 ** 船体が悪夢を見ているような音を立てて揺れる。冷却システムが停止し、船全体が焼けつくような熱に包まれていく中、カイトはカプセルのそばに立ち崩れる。 エリカの顔は穏やかだった。彼女の命を維持していた生命維持装置が、コアからのエネルギー供給を受けて力強く動いているのが見て取れる。 「兄さん……ありがとう」突然、カプセルの中で目を閉じていたエリカが目を開けた。彼女の声は弱々しいが、確かに生きていた。 「エリカ!」カイトは泣きながら彼女の手を握る。だが、その背後では船体が限界を迎えようとしていた。 「残り時間、3分」AIが冷微に告げる中、カイトはエリカをカプセルごと抱きかかえ、脱出ポッドへ向かって走り出した。 ** 「ポッド、発射!」最後の力を振り絞り、カイトは脱出ポッドの起動ボタンを押した。その瞬間、船体が崩壊し、輝く火球となって宇宙域に散る。 ポッドの中で、カイトはエリカをそっと抱き寄せた。 「もう大丈夫だ……」彼の言葉に対応するように、エリカは微笑んでみせる。その目には、確かな光が存っていた。 周囲は静寂に包まれる。小さな脱出ポッドは漂う星々の間を進みながら、彼らに新たな未来を約束しているかのようだった。 カイトは、エリカを救えたことに安堵しながらも、広がる宇宙の中でこれからどうすればいいのかを考え始めた。それでも、彼には確信があった。彼女が生きている限り、どんな未来でも乗り越えられると。 そして、遠くで光る星を見つめながら、彼は小さくつぶやいた。 「これが、俺たちの新しい始まりだ」


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