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日常著者:
語りの灯火
第一章 ひまわり畑の記憶
蝉の声が降り注ぐ真夏の午後、小学四年生の陽菜は、祖母・春子の部屋の前で足を止めた。障子の向こうから、ぼんやりとした声が聞こえる。
「……ひまわり畑に、行きたいねぇ……」
陽菜は、小さく眉をひそめた。
祖母は最近、時々昔のことばかり話すようになった。「今が何年か」「自分が何歳か」もあいまいになり、家族はみんな戸惑っていた。特に母は、仕事と家事の忙しさの中で、祖母の変化に気づきながらも対応しきれずにいた。
「おばあちゃん、ひまわり畑って、どこ?」
陽菜が部屋に入ると、祖母はゆっくり顔を上げ、ふっと笑った。
「昔ね、おじいちゃんと一緒に行ったんだよ。広くてね、一面ひまわりでいっぱいだった……あの時、約束したのにねぇ……」
「約束?」
祖母は言葉を続けようとしたが、そのままぼんやりと窓の外を見つめてしまった。
第二章 すれ違う家族
夕飯の時間、陽菜は祖母の話を家族にした。
「おばあちゃん、ひまわり畑に行きたいって言ってたよ。」
「また昔のことを思い出してるのね。」母はため息をついた。
「でも、行きたいって……」
「無理よ。おばあちゃんの体調もあるし、私たちも仕事があるんだから。」
その横で、兄の大和はスマホをいじりながら、「ひまわり畑って、あの昔行ったところじゃね?」とつぶやいた。
陽菜はムッとした。
「なんでみんな、そんなに冷たいの?」
「冷たいわけじゃないの。ただ、現実的に難しいだけよ。」
陽菜は納得できなかった。
第三章 祖母との約束
次の日の朝、陽菜は祖母の部屋に行った。
「おばあちゃん、ひまわり畑に行きたい?」
「行きたいねぇ……でも、もう無理かねぇ……」
「無理じゃないよ。行こう、おばあちゃん!」
陽菜は決めた。どうにかして、祖母をひまわり畑に連れて行くんだ。
第四章 家族の絆
その日から、陽菜は兄の大和に相談し、二人で計画を立てた。
「車出せる?」
「俺が運転するわけじゃないけど、父さんに頼んでみるよ。」
兄も最初は面倒くさそうだったが、祖母がひまわり畑で何か特別な思い出を持っていると知ると、協力的になってくれた。
母も最初は反対したが、次第に「それなら……」と柔らかくなっていった。
第五章 ひまわりの約束
そして迎えた週末。家族全員でひまわり畑へ向かった。
広がる金色の花々。祖母は目を細め、涙ぐんだ。
「ここだねぇ……おじいちゃんと来た場所。」
祖母はひまわりの間をゆっくり歩きながら、言った。
「おじいちゃんとね、また一緒に来ようって、約束したんだよ。でも、先に行っちゃったねぇ……」
陽菜は祖母の手をそっと握った。
「でも、おばあちゃん、今こうして来られたよ。おじいちゃんも、きっと一緒に来てるよ。」
祖母は微笑んだ。
家族はみんな、静かにひまわり畑を眺めていた。
その日から、家族の会話は少しだけ増えた。忙しい毎日の中でも、お互いを思いやる時間が生まれた。
陽菜は思う。
ひまわり畑での祖母の言葉は、家族にとって大切な「約束」だったのかもしれない、と——。