ジャンル:
官能小説著者:
語りの灯火
第一章:蠱惑の扉 男は、無意識のうちにドアノブへと手を伸ばしていた。 重厚な木製の扉を開けると、目の前には柔らかな間接照明に照らされたホテルの一室が広がっている。深紅のカーテンが窓を覆い、甘く妖艶な香りが漂っていた。 「ようこそ。」 奥のソファに腰掛けた女が、ゆっくりと足を組み直しながら微笑む。 黒のシルクドレスが、わずかにずれた肩口から滑り落ち、白い肌を覗かせた。その動き一つひとつが、男の理性を削ぎ落としていく。 「この部屋の秘密を知ったら、もう戻れないわよ?」 彼女の声は低く、甘やかだった。それは囁くようでありながら、男の内側を鋭く貫くようでもある。 男は軽く喉を鳴らしながら、扉を静かに閉じた。 「秘密というのは、誰にでも話せるものなのか?」 問いかけながら、彼女の前のソファへと腰を下ろす。 「ふふ…」 女は唇の端を少しだけ吊り上げた。そして、ゆっくりと身を乗り出す。 「秘密はね、共有した瞬間から——罪になるのよ。」 耳元で囁くようにそう言うと、彼女は男のネクタイを指先でなぞり、そのまま引き寄せた。 熱を帯びた距離。 シャンパングラスの氷が、静寂の中で溶ける音だけが響いていた——。 第二章:絡みつく影 彼女は男のネクタイをゆっくりとほどきながら、指先でその喉元をなぞった。まるで獲物を弄ぶような、確信に満ちた仕草だった。 「貴方は、何かを隠している人ね」 囁くような声が、皮膚の上を滑るように響く。男は息を飲んだ。 「……何を言っている?」 女は微笑んだまま、指先を彼のシャツの襟元へと忍ばせる。ほんの僅かに爪を立てながら、そのまま生地の奥へと滑り込ませた。柔らかな指が素肌に触れた瞬間、男の鼓動が僅かに跳ねる。 「身体は正直よ」 囁くようにそう言うと、彼女はそのまま指を這わせ、シャツのボタンをひとつひとつ外していった。露わになった胸元に、女の唇が僅かに触れる。まるで火が灯ったような感触が、皮膚の奥へと広がる。 「この部屋では、嘘も、理性も、すべて剥がされるわ」 女の手は、ゆっくりと男の腰へと回される。そのまま引き寄せられ、彼女の体温が密着するほどに近づいた。香り立つ吐息が耳元をかすめ、男は思わず目を閉じる。 「知りたい? この部屋の秘密を」 艶やかな声が耳朶をくすぐる。男は何も答えず、ただその場の熱に身を委ねるように、彼女の身体へと手を伸ばした——。 第三章:甘い牢獄 彼女はゆっくりと男をベッドへと押し倒した。上に跨がるようにして、視線を絡ませる。 「逃げられないわよ」 挑発するような眼差しで見つめながら、彼女は黒のドレスを肩から滑らせた。透けるような白い肌が、間接照明に浮かび上がる。 男は彼女の背中へと手を回し、指先でゆっくりとなぞった。その僅かな動きに、彼女の身体が小さく震える。 「貴方は、どうしてここへ来たの?」 彼女の問いに、男は答えない。ただ彼女の髪をかき上げ、耳元へと唇を寄せる。 「……知りたくないか?」 低く、くぐもった声に、彼女はわずかに目を細める。 「いいえ、興味はあるわ。でも——」 彼女は男の胸元に指を滑らせ、そこに唇を押し当てた。 「今は、それを考えたくないの」 甘く囁きながら、彼女は男を包み込むように身体を重ねた——。 終章:禁じられた扉 夜が明ける頃、男はゆっくりと目を覚ました。 隣にいたはずの彼女の姿はない。ベッドのシーツだけが微かに彼女の香りを残している。 テーブルの上には、赤いルージュで書かれた小さなメモが置かれていた。 「この部屋の秘密を知ったあなたは、もう戻れない——。」 男は指先でメモをなぞり、ゆっくりと立ち上がる。昨夜の情熱がまだ身体に残る中、彼は静かに服を整えた。 ドアへと向かい、手をかける。 ——その瞬間、背後で微かな笑い声が聞こえたような気がした。 男は振り返る。しかし、そこには何もない。 「……また、来るか」 呟くようにそう言い残し、男は扉を開けた。 禁じられた部屋の扉が、静かに閉じられた。 それが、二度と開くことのない扉であることも知らずに——。 (了)