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SF著者:
語りの灯火
「2045年の未来から来ました。あなたの息子が明日、世界を救います。」
男はそう言って、私の前に座った。
ホテルの薄暗いラウンジには、ほとんど客はいない。
目の前の男は四十代半ば。深い皺の刻まれた顔に、どこか見覚えがあった。だが、私の知る限り、この男とは一度も会ったことがない。
「未来から来た?」
私は苦笑しながらウイスキーを口に運んだ。
「悪いが、俺はそういう話を信じるタチじゃない」
「信じていただかなくても結構。しかし、あなたの息子が明日、世界を救うことは事実です」
男は淡々と続けた。
「息子は今夜、病院で生まれる。その子が成長し、二十年後、人類を滅亡の危機から救うことになる」
「待て」私は眉をひそめた。
「確かに、妻は今日出産予定だ。だが、俺はまだ子供の性別すら知らない。どうしてお前が知っている?」
「なぜなら、私はあなた自身だからです」
その言葉に、私は息が詰まった。
「…冗談だろ?」
「いいえ」男は静かに微笑んだ。
「私は未来のあなた。四十年後のあなたです」
私はウイスキーグラスを置き、男の顔をじっと見つめた。
確かに、目元の形や鼻筋、そして癖のある髪…どこか自分に似ている気もする。
だが、そんなことがあり得るのか?
「証拠は?」
「あなたしか知らないことを言いましょう」
男は低い声で言った。
「七歳の頃、神社の境内で迷子になったことがある。泣きながら探していた時、白い猫が現れた。あの猫の後をついて行ったら、母が待つ場所に戻れた…覚えていますね?」
私は息を呑んだ。
そんなこと、他人が知るはずがない。
「…お前、本当に俺なのか?」
「ええ。そして、あなたの息子は——私たちの息子は——人類の未来を変えることになる」
「だが、どうやって?」
男は一瞬、沈黙した。
「それは…言えません」
「ふざけるな!未来から来たなら、何が起きるか全部知ってるはずだ!」
「だからこそ、言えないのです」男は静かに言った。
「未来は、私がこの時代で何を話すかによって変わってしまう。その変化が吉と出るか、凶と出るか…それは誰にもわからない」
私は拳を握った。
未来の自分が目の前にいる。
そして、これから生まれる息子が世界を救うという。
こんな荒唐無稽な話が、現実のものとして目の前にある。
「信じるも信じないも、あなた次第です」
男はそう言って、立ち上がった。
「ただ、一つだけ。息子が生まれたら、名を…カズキとつけてください」
「……」
私は何も言えず、ただ男を見つめた。
男はラウンジの出口へ向かうと、一瞬だけ振り返った。
「また会いましょう」
そして、闇の中に消えていった。
──その夜、妻は元気な男の子を産んだ。
迷った末、私は息子に「カズキ」と名付けた。
そして、それから二十年後。
カズキは、確かに世界を救った。